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福岡のまちの未来を動かす、挑戦者たちの熱量。彼らがひたむきに走る軌跡とその挑戦を支える西鉄グループの姿を、ショートムービーとインタビュー記事で紹介する。
今回は、福岡県田川市出身のパラクライマー・二橋真音衣(まとい)さんにインタビュー。現在19歳の二橋さんは、日本代表として国際大会に臨む一方、久留米大学ではスポーツ医科学を学びながら将来は保健体育の教員を目指している。西鉄グループの2026年度CMテーマ「ひらけ、可能性。」に重なる二橋さんの“挑戦”を追った。
パラクライマーの二橋真音衣さんは、福岡県田川市出身の19歳。双子の姉妹として生まれた後、先天性の脳性まひのため右半身に軽度のまひがあることがわかった。小学2年生から中学3年生までは支援学級で学び、福岡県立東鷹高等学校の普通科を卒業。現在は久留米大学人間健康学部スポーツ医科学科の1年生として競技と学業に励んでいる。

幼い頃から姉と共にスポーツに親しんできた二橋さん。小学4年生から中学1年生まではアーチェリーに没頭。小学6年生で「全日本小中学生アーチェリー選手権大会」小学生女子の部(18m)で優勝。中学1年生で「全日本小中学生アーチェリー選手権大会コンパウンド部門」で優勝を果たしている。
中学2、3年生では車いすテニスに挑戦。そして、高校1年生の8月、双子の姉が取り組んでいたクライミングをきっかけにパラクライミングの練習を始めた。

高校生になって、何か新しいことにチャレンジしたいと思っていました。ちょうどそのタイミングで、姉がクライミングをしていて。母の後押しもあり、私もやってみようと思ったんです。
パラクライミングは、身体に障がいのある選手が高さ約15メートルの人工壁を安全確保のロープを使いながら登り、到達した高さを競うスポーツだ。始めたばかりの頃は、高さへの恐怖心や手の皮が剥ける痛みなどで、思うように登れなかったという二橋さん。それでも練習を重ね、大会に出場するうちに頭角を現していく。

2025年5月の「IFSCパラクライミングワールドカップソルトレイクシティ2025女子 RP-2」での銀メダル獲得や、同年9月の「IFSCパラクライミング世界選手権ソウル 2025女子 RP-2銅メダル」など、数々の世界大会で好成績を収めている。
大学生の二橋さん。練習はどのように進めていますか?

大学はほぼ毎日、朝から夕方まで授業があります。週に3日は、大学から帰ってきて夕方からクライミングジムで練習しています。ジムに行かない日は、自宅や大学のトレーニングジムで筋トレをしていて、毎日必ず腹筋50回、懸垂50回をこなすようにしています。結構忙しいのですが、そうしたなかでも睡眠は大切にしています。12時までには寝るようにして、1日7~8時間の睡眠時間を確保できるよう心がけています。

競技の面白さや見どころは?

パラクライミングでは、さまざまな障がいのある選手が実力を競います。同じクラスでも選手ごとに身体の特性が異なるので、登り方がそれぞれ違っていて個性があり、比べながら見ると面白いと思います。手だけで登る選手や、全く目が見えない選手の登りは、見ていてすごく感動しますし、アスリートとしては勉強になります。

難しい点はありますか?

同じクラスの選手でも障がいがそれぞれ違うので、「これがセオリー」という攻略法がないところです。アドバイスをもらうのも難しいので、経験の浅い私は苦労しています。私の場合は、手に集中しすぎると足の位置が意識から外れてしまうので、手足の両方をちゃんと意識しながら登るよう気をつけています。
そうしたなかで、自身の競技スタイルの強みは?

早く登ることです。経験の豊富な選手だと、途中で休憩を挟みながら登ることもあるのですが、私は休憩をしてしまうとかえって疲れてしまうので、なるべく休まず、勢いのまま一気に登るようにしています。

国際大会にも出場される二橋さん。海外遠征のエピソードや刺激になったことを教えてください

コミュニケーションを取るため日本からお土産を持って行って、海外の選手に渡すようにしています。アメリカやスイスの選手からお土産をもらったこともあります。クラスの中で10代は私だけなので、海外の選手からもかわいがってもらっています。英語は得意ではないのですが、翻訳アプリを駆使しながらいろいろな国の選手と交流しようと努力しています。


初めて出場した国際大会は、アメリカのソルトレイクシティ大会でした。結果は7位で、実力を出しきれず悔しい思いをしたのですが、その悔しさをバネに持久力を高めるトレーニングを取り入れるなど、練習方法を見直しました。翌年、2025年に出場した同じ大会では2位になり、銀メダルを獲得することができました。
その他、モチベーションの源になっているものはありますか?

SNS動画や音楽などです。また、他の選手の姿からも刺激をもらっています。以前東京に練習を見学しに行った時、全盲のクラスで活躍している選手の練習を見せてもらいました。その練習がすごくストイックで、自分の練習はまだまだだな、と。刺激をもらい、学べる部分がたくさんありました。
練習や競技で挫折したことはありませんか?

実は、今がまさにそうです。今年5月に競技のクラス分けを受け直して、昨年までよりも障害の軽いクラスに変更になったのですが、それ以来予選敗退が続いています。振り返ると、パラクライミングを始めて2カ月後に出た初めての大会でも、15メートルの高さにまったく歯が立たず、悔しい思いをしました。それでも「次の大会で結果を残せたら日本代表になれるよ」と言われて、頑張れる期間があるならと練習を続けたら、本当に日本代表に選ばれることができました。その時のことを思い出しながら、今は練習に励んでいます。

最高のパフォーマンスを出すために気をつけていることは?

日ごろから怪我をしないように心がけています。あとは、まだ経験が浅いので、壁にぶつかった時は日本代表の先輩選手に相談して、アドバイスをもらうようにしています。結果を残している選手の言葉には説得力があり、素直に心に響きます。大会の前には、応援してくれている人たちのことを思い出して、気持ちを高めるようにもしています。
今後の夢、ビジョンは?

日本代表であり続けることと、保健体育の先生になることです。パラクライミングは次の国際大会での実施が決まったのですが、私のクラスは対象外に。次のメルボルン大会では全クラスが対象になる可能性があるので、そこに出場してメダルを獲得したいと思っています。

保健体育の先生になりたいと思ったきっかけは?

小学5、6年生のときの支援学級の先生に手厚くサポートしてもらったのがきっかけです。障がいがあってスポーツが苦手な子どもたちに「スポーツって楽しいんだよ」と伝えられる先生になりたい。支援学級からでも大学に行けるし、先生を目指せるということも自分の言葉で伝えながら、パラスポーツやパラクライミングのことを、いろいろな人に知ってもらいたいと思っています。
そのために、いま挑戦していること、継続していることは?

アスリートとしての活動と教員免許取得を実現するために、その両方が勉強できる久留米大学の人間健康学部スポーツ医科学科を受験しました。競技の面では、週3回のジム練習とそれ以外の日の筋トレを、なるべく間を空けずに続けるようにしています。また、先生になるには教員免許取得が必要なので、そのための必修科目も履修しています。海外の大会があると授業に出られない日も多いので、1年生のうちからなるべくたくさんの科目を履修しています。
出演依頼を受けた時の率直な感想は?

母から今回のCM出演の話を聞いて、「え、すごい!」と思いました。CMに出たらたくさんの人にパラクライミングを知ってもらえるかもしれないと考え、出演を即決しました。友だちと遊びに行くときに西鉄バスや電車を利用したことがあるので、西鉄のことはもちろん知っていました。チャージしておくとお買い物もできる、nimocaカードも日ごろから使っています。

福岡で活動を続ける理由は?

実家を離れたくない気持ちが強くて、大学は福岡県内で探しました。久留米大学はオープンキャンパスの印象がよかったですし、探してみたら大学の近くにクライミングジムもあったので、練習の環境もつくりやすく競技と学業を両立できそうだと思ったことも受験の決め手になりました。福岡には自分よりずっとレベルの高い選手がいるので、その姿を見て学べることもたくさんあります。
悔しさをバネに練習を重ね、日本代表として世界の舞台で戦うまでになった二橋さん。現在も金メダルとパラリンピック出場、そして保健体育の教員という2つの夢実現に向かって、一歩ずつ着実に道を歩み続けている。

このCMをたくさんの人に見てもらいたいと願っています。障がいのある子どもたちや、そのご両親、友だち、周りの方々にも見てもらいたいですね。パラスポーツやパラクライミングのことをもっとたくさん知ってもらい、何かにチャレンジするきっかけになったらうれしく思います。

自身も右半身に障がいを持ちながら競技を続けてきた二橋さん。その力強いクライミングの姿に秘められた可能性をたくさんの人が感じ、勇気づけられてきたはずだ。二橋さんはこれからも2つの夢を原動力に、高く険しい壁を登り新たな可能性をひらき続ける。


パラクライマー
福岡県田川市出身。2007年に双子として生まれる。先天性の脳性まひのため、右半身に軽度のまひがあると判明。高校1年生でパラクライミングを始め、その後日本代表に選出。国際大会2年目のアメリカ・ソルトレイクシティ大会で銀メダルを獲得。現在は久留米大学人間健康学部スポーツ医科学科に在籍し、保健体育の教員免許取得を目指しながら競技を続けている。
※本記事の内容は取材当時のものです。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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