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世界につながる書の可能性
書道アーティスト中村ふくさん
西鉄グループCM出演者 Vol.4

世界につながる書の可能性 書道アーティスト中村ふくさん 西鉄グループCM出演者 Vol.4

福岡のまちの未来を動かす、挑戦者たちの熱量。西鉄グループのCMでは、彼らがひたむきに挑戦する姿とその軌跡をショートムービーとインタビュー記事で紹介する。

今回登場するのは、福岡を拠点に活動する26歳の書道家・中村ふくさん。書道教室に通い始めたのは3歳の頃。以降、数々の賞を受け、書道を専門的に学んできた一方で、書くことを続けるかどうか心の中では長年の葛藤があったと言う。そんな中村さんの転機となった出来事とは。そして、目指す未来とは——。西鉄グループの2026年度CMテーマ「ひらけ、可能性。」に重なる中村さんの姿を追った。

目次

3歳から書道教室へ

書道アーティストの中村ふくさんが初めて筆を執ったのは、なんと2歳の頃。文字を読めないにもかかわらず、身の回りの物を見て、文字を真似て書こうとしていた。それを見た父親が「この子には文字の才能がある」と感じ、3歳から近所の書道教室に通わせたことが始まりだった。

父の中村信喬さん、兄の弘峰さんは、博多人形師として活躍する福岡を代表する芸術家。父の信喬さんは、表現者としてのふくさんの才能をいち早く見抜いていたのだろう。

書道の世界に深く入るきっかけとなったのは、本格的な展覧会への出品を行った小学5年生の頃だった。

小学5年生の時の中村さん

出品したのは、国内で名高い書道大会「成田山全国競書大会」。中村さんが出品した部門では全国から約14万点の作品が集まるなか上位15人に選ばれ、日中友好の書道交流として北京での1週間の研修に参加することに。その後も数々の賞を受賞し、高校3年生では「文部科学大臣賞」を受賞した。

高校卒業後は、書道教育・研究の分野において国内トップクラスの実績と評価を持つ、大東文化大学の書道学科へ進学。業界の第一線で活躍する指導者のもとで学び、現在につながる技術と経験を積み重ねていった。

学生時代の中村さん。手にしているのは「学長賞」に輝いた時の賞状

「実はずっと、書道を辞めたかった」

3歳から書道を続け、数々の実績を残してきた中村さん。しかし、その道のりは決して一直線ではなかった。

中村さん
中村さん

実はずっと、書道を辞めたいと思っていました。小学生の頃はみんなと遊びたいのに、正座をして長時間練習しなければいけない。放課後は毎日数時間練習で、週末もほぼ1日中書道。本当に嫌になって、ついに中学3年生の時に両親に「辞めたい」と伝えました。

ところが、両親からの返事は、「将来大学に行くなら、勉強で行くのか、書道で行くのか」という問いだった。

中村さん
中村さん

書道も嫌いだったけど、それよりもっと勉強が嫌いだったんです(笑)。それで当時は仕方なく書道を続けることにしました。

実力を認められ実績も積み重ねていったが、後ろ向きの姿勢は変わらなかった。書道を生業にするどころか、辞めたい気持ちと常に葛藤していたという。

転機が訪れたのは、大学2年生の冬。コロナ禍で東京から福岡の実家へ戻ったときだった。博多人形師として仕事をする兄の弘峰さんから、「日本酒のラベルに使う文字を書いてほしい」と依頼を受けたのだ。

中村さん
中村さん

最初は軽い気持ちで引き受けたんです。でも、作品に向き合う時間が楽しかったし、何より私が書いた文字が商品になって、お店に並ぶことがこんなにうれしいことなんだと、初めて実感を持てました。

中村さんが書いた文字が初めて日本酒のラベルに

さらに、コロナ禍で自由な時間があったことで、毎日のように筆を動かすようになった。

中村さん
中村さん

気づけば大量の作品を書いていたのですが、全然苦痛に感じませんでした。それまで書道は、嫌いだけど褒められる、得意なものでしかなかった。でも、ある時親戚から「ふくって本当に書くことが好きだよね」と言われたことで、初めて自分の気持ちに気づいたんです。私って、確かに書くのが好きなんだって。

それから、「書くこと」を自身の生業として捉えるようになった中村さん。家族からも継続的に仕事の依頼を受け、外部からも依頼が舞い込むようになる。現在は書家・中村喬華(きょうか)として、アートに関わる活動では書道アーティスト・中村ふくとして活動している。

天神は遊び場、つながった西鉄との縁

福岡市出身の中村さんにとって、西鉄は子どもの頃から身近な存在だった。実家がある中央区桜坂から、母親と一緒にバスに乗って天神に買い物に出かけたり、友人とソラリアへ遊びに行ったり。天神は大好きな「遊び場」だったと話す。

中村さん
中村さん

ソラリアにある映画館で好きなアーティストのライブを見たり、昔あった「天神コア」へ通ったり。天神には家族や友達とのたくさんの思い出があります。

そんな中村さんと西鉄の初めての仕事が、ワンビル開業時に制作依頼を受けて書いた作品『喜福(きふく)』だった。

ワンビルの5階に展示されている作品『喜福』(きふく)。全体を通して100種類の「福」という漢字が使われ、ところどころに「喜」という文字を忍ばせている

作品『喜福(きふく)』にはサイズの異なる3つの「百福」が描かれ、3つでひとつの連作として構成されている。

中村さん
中村さん

小さな福は“過去”の福岡、中央の中くらいの福は“現在”、そして最も大きな福は“未来”を象徴しています。3つを並べると、全体がやわらかく湾曲したラインを描くように配置していて、時間の流れや街の記憶がつながっていく様子をイメージしました。

作品に込めた想いは?

中村さん
中村さん

ワンビルは、福岡・天神に新しく誕生したランドマーク。これから長く、まちに愛されていく存在になると思います。「天神」と聞いたときに、多くの人が真っ先に思い浮かべるのがこの場所だと思うので、そこに自分の書いた文字が加わるのが本当にうれしいですね。また、遠くから帰ってきた人がふとこのビルを見上げたときに、「ああ、福岡に帰ってきたな」と感じてもらえるような存在であってほしい。そんな気持ちを作品に込めました。

ワンビルでの制作風景

「夢」の背景に隠れているのは

CM出演の依頼を受けた時の率直な感想は?

中村さん
中村さん

正直、想像以上の出番があって驚きました。最初は少しだけ出演するのだと思っていたのですが、蓋を開けてみれば、けっこう全面的に私に焦点を当ててくださっていた(笑)。CMでたくさんの方に姿を見ていただけるのは光栄なことです。

本作品は、ワンビル6階スカイロビーのインフォメーション横にて、2027年3月(予定)まで期間限定で展示している。

CM出演にあたり、中村さんが書いたのは「夢」という一文字だ。最初は躍動感ある「夢」という文字に目が行くが、実は何層もの文字が重ねられていて、よく見ると白字で書かれた「福」の文字や、「未来」「ひらけ可能性」が薄い墨で書かれていることがわかる。

遠くから、近くから。さらに角度を変えると見え方が変わる。見えない仕掛けを探すように見るのも、中村さんの作品の楽しみ方のひとつだ。

中村さん
中村さん

間違い探しのような感覚で、さまざまな見方を楽しんでほしいと思って制作しました。読めない字もあるかもしれませんが、それでもまったく問題ありません。「この字ならわかるかも」と、気軽に、自由に鑑賞してください。

中村さんの作品の特徴は?

中村さん
中村さん

私は1を100にするのが得意なタイプ。例えば『夢』という言葉をテーマにもらったら、そこからどういうふうに見せるのか、家族や一緒に仕事をする仲間との会話からヒントを得ながら、言葉のイメージを広げて作品にしていきます。でも逆に、0から1をつくるのはちょっと苦手。でも、いろんなことにトライするうちに、自分の得手不得手が見えてきて、作品づくりに生かせるようになってきました。

中村さん
中村さん

作品には、博多人形の制作に使われる「胡粉(ごふん)」という白色の顔料を使うこともあります。ホタテやカキなどの貝殻を焼いて作られる伝統的な顔料で、半紙に合わせると光の加減で薄く文字が見えたり、見えなかったり。そこにまた墨を塗り重ねることで奥行きを表現することができるんです。

ちなみに、今は毎日書く練習を?

中村さん
中村さん

日中はいろんな予定が入っていて動きがイレギュラーなので、書く時間を確保するために、朝起きてすぐに練習しています。書く時は、「二八(にはち)」と呼ばれるサイズ(約60cm × 242cm)の、ちょっと大きめの書道紙を使います。気分を上げるために、音楽を聴きながら。15分か20分ほどの短い時間ですが、集中して書いて、そこから1日をスタートします。

福岡を拠点に、世界で夢を追い続ける

福岡で生まれ育ち、現在も福岡を拠点に活動する中村さん。東京には月に2回の稽古に通い、年に数回は欧米やアジアなど海外にも足を運ぶ。一方、大きな作品の制作はほとんど福岡で、というのが中村さんのスタイルだ。

なぜ福岡を拠点に?

中村さん
中村さん

理由のひとつが、居心地の良さです。このまちで育ってきたから、やっぱりいちばん居心地がいいのは福岡。コンパクトで移動しやすく、人と人との距離も近い。友達の友達は、友達(笑)。みんなどこかでつながってるのが好きなんですよ。学生時代に東京で暮らした経験があるからこそ、その違いや福岡の良さを強く感じます。

拠点は福岡に置きながらも、活動のフィールドを限定しているわけではない。これまで海外でのイベントやパフォーマンス、作品制作などにも携わってきた。学生時代からファッションや美容が大好きだった中村さん。今後は海外での展示会やファッションとのコラボレーションにも挑戦したいと意気込む。

自身が書いた文字を洋服のデザインモチーフに。よく見ると「福」の文字が並んでいる

中村さんの夢は?

中村さん
中村さん

よく考えると、子どもの頃は漠然と「有名になりたい」「メディアに出たい」と思っていました。大人になってから、そんな夢をすっかり忘れていましたが、振り返れば、その夢も今実現できている。夢は叶うって、本当なんですね。

これから実現したいことを教えてください。

中村さん
中村さん

福岡のまちに自分の文字が当たり前のように存在して、「これ、ふくの字だよね」と気づいてもらえる。そんな未来が私の理想です。そして、いつか世界中を私の字でいっぱいにできたらうれしいですね。

このCMを通して伝えたいことは?

中村さん
中村さん

このCMをきっかけに、もっと多くの方に自分の存在を知ってもらいたい。「福岡にこんな人がいるんだ」と、意識していただけたらうれしく思います。家族や祖父母にも見てもらいたいし、お世話になった先生方には「今、こんなふうに活動しています!」と元気な姿を伝えられたらと思っています。

さらに、中村さんが目指しているのは、自分の作品を多くの人に見てもらうことだけではない。スマートフォンやパソコンの普及で手書きの機会が少なくなっている現代だからこそ、自身の作品を入り口に、書道や手書きそのものをもう一度身近な文化にしていきたいと考えている。

中村さん
中村さん

書道は限られた人のためのものではなく、多くの人の身近にある文化です。私の作品を見た方が、「久しぶりに筆を持ちたくなった」とか「書道教室に行ってみようかな」と考えてくださり、行動に移すきっかけになれたら。

中村さんが思い描くのは、福岡のまちが自分の文字であふれる未来だ。いつか、天神のまちで「ふくの字の前で待ち合わせね」と会話できるような場所をつくりたい——。ワンビルでの作品の展示や西鉄のCM出演は、そんな中村さんの願いをかなえる大きなステップとなった。

書道のみならず、ファッションやアートの世界でも活躍する中村さん。その未来には、まだ見ぬたくさんの可能性が広がっている。

  • 中村ふく
    中村ふく

    書道アーティスト

    2000年、福岡県生まれ。大東文化大学在学中より数々の書道展にて受賞を重ねる。幼少期から書に親しみ、2011年には成田山全国競書大会にて成田山貫首賞を受賞し、翌年には日中友好青少年書道交流団として中国へ派遣される。以降も、文部科学大臣賞(全国書道展/2017年)、謙慎書道展 特選謙慎賞(2021年)、日展に5回入選など、国内主要書道展において高い評価を得る。2022年に初個展「墨場」をギャラリーマルヒにて開催し、翌年には「墨重」展を開催。伝統と現代性を融合させた作品世界を追求している。その他、題字依頼や多数メディアで活躍。

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