企業に属しながら競技生活を続ける「実業団」のスポーツ選手。実は西鉄も実業団を有する企業のひとつで、全国大会を目指す精鋭たちがいるのだ。
今回スポットを当てるのは「西鉄陸上競技部」。彼らはいったいどんな練習をしているの? そもそも、陸上競技や駅伝の魅力って?!
まずはこの目で競技を観戦するために、応援を兼ねて2022年11月3日(木・祝)に開催された「第59回九州実業団毎日駅伝競走大会」の会場へ足を運んだ。同行してくれたのは、昨年まで現役選手だった広報課の篠原義裕さん。選手ならではの視点で競技を解説してくれた。
西日本鉄道株式会社
広報・CS推進部
広報課
山口県萩市出身で西京高校、法政大学と経て、2013年入社。ニューイヤー駅伝6回出場。2021年度に引退し、現在は広報・CS推進部で勤務する。
1989年に創部された西鉄陸上競技部では、11人の選手が日々トラック競技やマラソン、駅伝などの練習に励んでいる。なかでも駅伝は、毎年正月に開催される「ニューイヤー駅伝」などで注目を集める、実業団スポーツの花形とも言えるジャンル。西鉄陸上競技部も、その舞台を目指す実業団チームのうちのひとつだ。
11月3日(木・祝)。風はほとんどなく、穏やかな秋晴れの日。「第59回九州実業団毎日駅伝競走大会」の会場となった「本城陸上競技場」(北九州市八幡西区)に到着したエヌカケル編集部は、選手たちが集まる競技場内へと向かった。
篠原さん、今日はどういう大会なんですか?
「九州実業団毎日駅伝」は、毎年元日に開催されている「ニューイヤー駅伝」の出場チームを決める重要な大会です。8つの出場枠をかけて、九州の実業団が実力を競います。
※出場枠についてはニューイヤー駅伝の成績で変動することがあります。
えっ! そんなに大切な大会だったとは。
毎年この時期に開催されていて、今日8位以内に入賞できれば「ニューイヤー駅伝」の出場が決まります。
ズバリ、西鉄陸上競技部は入賞できそうなんですか?
いつも通りの実力が発揮できればおそらく大丈夫だと思うのですが……。駅伝はいろんなことが起こる可能性があるので、ゴールするまでは安心できません。
スタートの約1時間前。本城公園内でアップする甲斐選手を発見!
おはようございます。あれ、篠原さん、今日は走らないんですか?
もう走れないかも(笑)。今日は応援のみ。
にこやかに対応してくれた甲斐選手。ストレッチから始まり、少しずつ体を温めていく。
間近で走る姿を見て、あらためて思ったのは「速いっ!!!」ということ。駅伝の選手は50mを8秒〜9秒の速さで走り続けると言われているので頭では理解していたが……。しかも、アップなので100%の速さではないそうだが……。それでも、は、速い。
公園の外周は1km弱。立ち話をしていると、あっという間にまた我々の目の前に現れ、ものすごいスピードで去っていく。そのスピード感、臨場感がすごい! スタートの時間が近づくにつれて、見ているこちらも緊張が高まっていく。
いよいよ、スタート30分前。選手や関係者が続々と競技場内に集まってくる。おだやかだった空気に、緊迫感のある空気が漂いはじめる。
第一走者が位置に着き、スタート!
先ほどまで練習を見届けていた甲斐選手。「頑張れ!」と、つい興奮している自分に気づく。
陸上競技にはさまざまな種目がある。100m以上の決まった距離を走る「トラック競技」、走り高跳びや棒高跳び、走り幅跳びや砲丸投げなどの「フィールド競技」、そして競技場外の道路にコースを設定して走る「駅伝」や「マラソン」などの「ロードレース」に分類される。「西鉄陸上競技部」が現在取り組んでいるのは、このうち「トラック競技」と「ロードレース」だ。
「西鉄陸上競技部を応援したい!」と思って会場入りしたものの、実はまったくの駅伝初心者。レースが始まる前に、篠原さんに見どころを教えてもらった。
ストレートに聞きます。駅伝って、どこをどう見れば初心者でも楽しめるんですか?
見どころは、いろいろありますよ! まずチェックしてもらいたいのは選手たちが走るコースです。今日の「毎日駅伝」だと区間は7つ。本城陸上競技場からスタートして海沿いへ。緑ゆたかな響灘地区を周る、80.2kmのコースとなっています。
こんな長い距離を走るんですね。距離は区間ごとに違うんですか?
1区は12.9km、2区は7.0kmといったふうに、それぞれ異なっています。距離だけでなく、地形や道路幅、見える景観も違うので、各区間に適した選手を選びます。他のチームのオーダーや戦略も考慮する必要はありますが、ギリギリまでわからないので、今のチームのベストをオーダー表にぶつけることになります。
コースの特徴に、選手の特性。いろいろと考えるポイントがあるんですね。「この区間がハード」といった、差はあるんですか?
毎日駅伝では第1区が、起伏が激しく難しいとされています。日本を代表するランナーなどが走ることが多いですね。西鉄陸上競技部は今日、甲斐翔太選手が走ります。
どの区間をどの選手が走るのかの選択は「オーダー」と呼ばれています。
オーダーはどのように決められ、発表されるのでしょうか?
チームによって多少異なりますが、西鉄の場合は大会前にチームスタッフで協議を重ね、直前まで選手たちのコンディションを見て決めます。およそ1週間前にはチーム内でオーダーを確定しますが、他のチームのオーダー含め一般に公開されるのは、だいたいレース前日です。
一般のファンも知ることができるんですか?
最近は大会や実業団のホームページやSNSで公表されることが多いので、Webで調べればわかりますよ。
これが西鉄の今日のオーダーです。
第1区 甲斐 翔太
第2区 ニクソン・レシア
第3区 河東 寛大
第4区 久保 和馬
第5区 津田 将希
第6区 吉冨 裕太
第7区 山口 武
選手たちの特徴は?
甲斐は一番年上です。駅伝の経験が豊富で積極的な走りが持ち味の選手です。ニクソン・津田・吉冨は入社1年目のルーキーで、それぞれ異なる持ち味があります。若手が活躍するとチーム全体が盛り上がるので、活躍を期待したいですね。河東は小柄ながらもダイナミックな走りが特徴です。
久保はマラソンなど長い距離を得意とし、堅実な走りが特徴です。福岡県出身で九州学院高校、山梨学院大学と進み、現在キャプテンを務めています。12月4日に開催される「福岡国際マラソン」にも出場する予定です。山口も福岡県出身で、柳川高校、東京農業大学を経て西鉄へ。コツコツと努力を積み重ね北海道マラソンでも総合5位の成績でMGC(パリ五輪マラソン日本代表選考会)にも内定しマラソンでも実績を残している選手です。
※キャプテンの久保選手は、12月4日の福岡国際マラソンで好成績を残し、MGCに内定しました。
選手の特徴がわかると、一気に親近感が増しますね。ちなみに、オーダーの発表前はやはりドキドキするものなんですか?
もちろん、緊張しますよ!
篠原さんはどうでしたか?
私はわりと楽観的なタイプでしたね。毎日駅伝では1区を走ることが多かったので、「周りについて行けば大丈夫」と大らかに構えていました。
メンタル強っ! さすがです。
基本的な見方以外で、おすすめの楽しみ方はありますか?
「推し」を見つけることです。
「推し」!
チームでも選手でもいいと思います。「応援したい!」と思える「推し」がいれば、レース観戦がさらに楽しめます。
篠原さんも「推し」の選手がいるんですか?
もちろんいますよ。現役時代も、他のチームでも憧れの選手はたくさんいました。30代後半でも現役を続けている選手は尊敬できる存在ですし、有名な選手にはやはり視線を奪われます。
経験者ならではですね。
長く競技を見ていると、走り方だけでもどの選手かわかるようになります。大学で活躍してから実業団に入る選手がほとんどなので、毎年どんな選手がどこのチームに来るのかなど、常にチェックしていますね。
第1区を走った甲斐選手は6位でニクソン選手へたすき渡し。この中継地点で、第2区のニクソン選手が3区の河東選手へたすきを渡す瞬間を待つ。スタンバイ中の河東選手を発見!
選手が近づいてくると、まずは先導車がやってくる。その次にメディアの中継車、続いてパトカーと白バイ。選手はゼッケンの番号で呼ばれるので、自分が応援するチームが何番なのか把握しておくと状況がすぐに把握できる。
来た、ニクソン選手だ!
たすきの受け渡しは問題なく完了した模様。あっという間だった……。目の前でトップアスリートが走り抜けるのは、とにかくめちゃくちゃ迫力がある! ニクソン選手は順位を守り、6位で通過したようだった。
中継地点には、走り終わった選手たちがしばらく滞留している。2区の選手は外国人選手が多く、手足が長い驚異のスタイルに目を奪われる……。ニクソン選手も足が長い。こうして選手たちを間近で見れるのは、他のスポーツにない駅伝の魅力かも!
ここで、西鉄の応援団を発見! 移動はもちろん西鉄バスだ。
オレンジ色のウィンドブレーカーには、西鉄グループのロゴタイプ。「にしてつ」の旗が風になびいている。
応援団は3チームに分かれ、各中継所にスタンバイ。無線で連絡を取りながら、全区間の選手にエールを送っているそうだ。各区間を選手が過ぎたら、それぞれゴール地点へ向かって合流。レース終了後には交流の場が設けられるそうだ。
篠原さん、応援の声って、走っている時は選手には聞こえてるんですか?
しっかり聞こえてますよ。「にしてつ」の旗も目に入ります。名前を呼んでもらったり、「西鉄~!」と掛け声をいただいたりするとうれしいし、すごく励まされます。
私たちの声が選手にちゃんと届いている。そう思うといっそう気合いを入れて応援したくなった!
応援する時、途中経過の情報はどのように得たらいいのでしょうか?
関係者がよく使うのが、「福岡陸協速報室」というモバイルサイトです。区間ごとの順位とタイムが随時更新されるので、レースの状況をいち早く確認できます。
あるいは、Twitterのハッシュタグでリアルな情報を得る手もあります。
便利ですね。選手たちはどうしているんですか?
残りの区間の選手や関係者は、電話で連絡を取り合いながら状況を共有します。選手は各区間のスタート地点に散らばりますが、必ず1人はサポートがつくようになっているので、サポート役が選手に状況を伝達するんです。
ゴールの瞬間をおさえるために、私たちは早めに競技場内へ移動。スマホで状況を確認すると、5区、6区と7位の順位を守り、そのままいけばニューイヤー駅伝の出場権を獲得できそうだ。
1位でトラックに入ったのは、1区から圧倒的な走りを見せてきた黒崎播磨。われらが西鉄の山口選手は……とドキドキしながら待っていると、来た!
懸命に走る姿がかっこよくて、胸を打たれる。言葉ではなく、体で人に感動を与えられるスポーツ選手ってやっぱりすごい。
西鉄は7位でゴール。やった、ニューイヤー駅伝の出場が決まった!
無事に出場が決まり安心しました。5区の津田選手が区間3位と良い成績が残せたみたいです。若手選手の活躍でチームにも活気が出ると思うので、良い雰囲気でニューイヤーにつなぐことができたのではないでしょうか。
区間3位、大健闘ですね!
そうそう、各区間で最も速く走った選手には「区間賞」が与えられます。全体の順位やタイムはもちろん、この区間賞争いも駅伝の見どころのひとつなんですよ。
順位とタイム、2つの側面から楽しめるんですね。今日「毎日駅伝」に観に来て、観戦のポイントがかなりわかりました!
人事部
陸上競技部 監督
福岡大学付属大濠高校、法政大を経て、1998年に入社。
日本選手権1500mで入賞、2005年のアジアクロスカントリー選手権に日本代表として出場。ニューイヤー駅伝には10回出場。2012年に監督就任。
2019年MGC(東京五輪マラソン日本代表選考会)に選手を輩出するなど多くの選手の育成に尽力する。
人事部
陸上競技部 アシスタントコーチ
九州国際大学付属高校、東海大学を経て、2007年入社。
2012年延岡西日本マラソンで優勝、別府大分毎日マラソンで日本人トップ(4位)などマラソンや駅伝の長距離区間で活躍。ニューイヤー駅伝10回出場。
2021年度に引退し、現在は陸上競技部のアシスタントコーチとして選手のサポートを行っている。
朝6時。部員たちは集まり、朝練へ出かける。始業前にひと走り!
日中はそれぞれ業務に就き、午後早めに終業。寮に戻った選手たちはトレーニングジムに集まり、ストレッチや体幹トレーニングに20分程度を費やす。中央に立つのは野口マネージャー。
その後、ランニングの練習へ。練習場所は曜日によって異なり、近くでは大濠公園や平和台陸上競技場(ともに福岡市中央区)などで練習をしているそうだ。練習場所までは走って向かうことが多い。
この日は大濠公園での練習を見学させてもらった。
石田コーチ、そのカメラは何に使うんですか?
選手の撮影用です。選手と並走しながら撮影して、後でフォームのチェックをするんですよ。
なるほど。と言うことは、石田コーチも走るんですか?!
いえいえ、私は自転車です。
練習はいつも全員で?
基本的には全体練習ですが、週に何日かは個人練習にしています。けがで調整が必要な場合や大会前などはコーチやマネージャーと相談しながら、それぞれに合ったトレーニングを進めます。
そうなんですね! 公園で練習していると、一般の利用者がたくさんいて走りにくくないんですか?
いえいえ。激励の声を掛けていただくこともあり、元気をいただいています。
練習中、もし選手を見かけたら話しかけても良いのでしょうか? 邪魔にならないかと心配で……。
もちろん大丈夫ですよ。彼らも喜ぶと思います。
よかったです!
練習にかける時間は日によって異なり、短ければ1時間以内、長ければ2時間以上になるそうだ。練習後は寮へ戻り、各自それぞれで過ごす。
練習後はコンディションを整えるために、マッサージや整体などで体をケアすることも。長く走り続けるためにも、日頃からの体調管理は欠かせない。
「第59回九州実業団毎日駅伝競走大会」で7位入賞を果たし、1月1日に開催される「ニューイヤー駅伝」の切符を手に入れた西鉄陸上競技部。「毎日駅伝」を終え、新春の大会に向けて練習に励むなか、有隅監督と石田アシスタントコーチに大会への意気込みと思い、地域との関わりについて話を聞いた。
西鉄陸上競技部はいつ創部されたのですか?
1989年です。創部から30年ちょっとですね。
チームについて教えてください。
選手11名、監督1名、コーチ1名、マネージャー1名、アシスタントコーチ1名というメンバーで活動しています。チームが掲げている理念は「“走り”を通して、夢を描く。Connecting your dreams by Run」。ホームページにはサポートスタッフと選手たちの写真も掲載されているので、良かったらチェックしてみてください。
「ニューイヤー駅伝」のオーダーはどのようにして決まるんですか?
大会の1カ月くらい前から、コーチ、マネージャー、アシスタントコーチのそれぞれがオーダーを考えます。スタッフミーティングで協議を重ね、直前まで記録やコンディションを吟味して最終的にひとつのオーダーにまとめます。
それぞれの案を持ち寄るスタイルなんですね。
大会が近づくと、選手それぞれで場所を変えて、個別に練習することもあるんです。そういた場合は、私たちが分かれて選手につくので、1人が必ずしも全員の状況を把握しているとは限らないんですよ。
なるほど。
練習以外にもコミュニケーションを取るなかで見えてくる面もあります。そうした要素も全体で共有したうえで、チームとしてベストのオーダーになるよう考えています。
チームの強みを教えてください。
西鉄の陸上競技部は、練習の環境はすごくいいと思います。練習する場所は寮から近く、大濠公園や平和台陸上競技場は2kmほどなので走って移動できる。トラック練習で「博多の森陸上競技場」に行くこともありますが、それでも車で30分くらいですから。
また、糸島など西側のエリアも含めれば、起伏に富み、マラソンや駅伝のコースに適した地形であること。海や山など自然に恵まれた景観もあるので、練習には最適です。
あと、これは他と比較しにくいことなのですが、西鉄の陸上競技部はみんな仲が良いですね。上下関係が厳しい実業団も一般的には多いと思うのですが、私たちの場合は変に気を遣う必要はないというか。
寮でも顔を合わせる仲間なので、ストレスなく過ごせるのはかなり重要なポイント。競技生活を左右する要素だと言っても過言ではありません。
たしかに、先日「毎日駅伝」でご一緒した時も、明るく和やかな雰囲気でした。
大会や選考会などで良い成績を残すこと以外に、実業団には社会的な役割も期待されている。西鉄陸上競技部もまた、地域とのつながりを創出するために数々の取り組みを実施してきた。
近年の代表的な取り組みは?
代表的なのは「大濠公園ランニングクリニック」です。私たちもよく利用する大濠公園で、市民ランナーと一緒に公園をランニング。フォームの相談を受けたり、コミュニケーションを取ったりして良い交流の機会となりました。
また、今年オープンした「ららぽーと福岡」では、近隣の小学生を対象に陸上教室を開き、約100人の方に参加していただきました。
へぇ~、身近なところで交流できるんですね!
また、不定期ですが小学校や中学校からの依頼で講演に出向くこともあります。
先日は、福岡県春日市の中学校でニクソン、甲斐、吉冨の3人が全校生徒を対象に講演をしてきたところです。
自身の競技生活や西鉄陸上競技部での活動などについて、たくさんの方に知っていただく機会だと実感しています。
こうした地域での活動は、チームにとってどんな影響がありますか?
陸上教室に参加してくださる方は、みなさん真剣に練習に取り組んでくださるのですごくうれしいですね。その真摯な姿勢には胸を打たれますし、私たちのほうが勉強させていただいているという思いです。
講演だと、何百人もの前で話すこともあるので緊張しますが、まっすぐな目で話を聞いてくださるので大変ありがたいですね。
私自身は、自分の経験を通して得たことを伝えることしかできないのですが、陸上選手を志す人やその周囲で応援を続ける人にとって、何かの役に立てれば幸いです。
実業団には一般的に、企業に一体感を生み出し、組織内のコミュニケーションを活発にする役割が期待されていると思います。
私たちが活動できるのは、西鉄という企業や社内のメンバーはもとより、応援してくださっている地域のみなさんの支えがあってこそ。社員だけでなく、地域も元気にする使命を担っている。私たちも、走りを通して地域を元気にできたら、と。そんな想いで、日々練習に励んでいます。
最後に、メッセージをお願いします。
「ニューイヤー駅伝」ではひとつでも良い順位を目指したいと思っています。1月1日、ぜひ応援よろしくおねがいします!
ありがとうございました。
エヌカケル編集部も全力で西鉄陸上競技部を応援します!