スタートアップの成長を加速するためのオフィス・スペースとコミュニティ、そしてグローバルネットワークを提供する世界トップクラスのイノベーションキャンパス(※1)を運営するCIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター 本社:米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市)の創業者でCEOのティム・ロウ氏。「アジアの拠点づくりは日本から」と公言していた彼が、2020年10月、東京・虎ノ門ヒルズに日本最大規模のイノベーションキャンパス「CIC Tokyo」を開設して国内外の話題になったことは記憶に新しい。
そして2022年7月27日、西日本鉄道株式会社とCICは共同で、2025年春に開業を予定している「ワンビル(旧福ビル)」(福岡市中央区天神)のフロア(約3,500㎡)に及ぶ「(仮称)CIC Innovation Campus Fukuoka」を創設する検討に入ったことを発表。そのディスカッションと共同記者会見に出席するために福岡市に来日したティム・ロウ氏に、九州大学ビジネス・スクール教授・専攻長、QREC(※2)センター長で、産学連携マネジメント・アントレプレナーシップを専門とする高田仁教授が話を聞いた。
※1イノベーションキャンパス・・・創造性をかきたてる設備やアメニティ、仕事をするために必要なインフラや設備がすべて整い、多種多様な業界から多くのイノベーターや企業が集積する大規模施設 (ティム・ロウ CICの創設者・CEOによる定義)
※2QREC・・・九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップセンター
CIC創設者・CEO
Venture Café Global Institute創設者・会長
MITスローンスクール講師
LabCentral共同創設者兼現会長
MassRobotics会長
九州大学ビジネス・スクール 教授・専攻長
九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター センター長
九州大学副理事(産学官連携、アントレプレナーシップ教育担当)
CICには1999年の創業以来、世界で8400を超える企業が入居。1999年から2021年にかけて、CIC入居企業がベンチャーキャピタル等から調達した資金は、実に約140億ドル(約2兆円)にも上る。
アメリカ・マサチューセッツ州ケンブリッジで創業して、ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生たちやボストンの資本を巻き込んで世界的なイノベーションを下支えする存在となった。
ずばり、イノベーションに必要なものとは、なんでしょうか。
英語で言うとMoney, Ideas, Talentの3つが必要です。ちょっと冗談まじりですが、M・I・Tと言っています(笑)。
なるほど、おもしろい!
その意味で、創業の地としてケンブリッジはふさわしい場所だったという気がしています。現在のMITが位置するエリアは、昔からホースやタイヤ、ミシンなど様々な発明が起こったところでした。また、500年以上の歴史があるハーバードのおかげでアイデアと知識があったし、古くからイギリスとの貿易で栄えたボストンは国際交流が盛んで、人材とお金が集まっていた。つまりケンブリッジには、先ほど言った“M・I・T”が揃っていたのです。
そうした歴史ある場所にMITは誕生し、周辺地域の産業とともに成長を続けてきたのですね。
そうです。そして、とても重要だったのが、MITが単なる大学ではなく、教育を実践に応用しようという“ Mens et manus(メンス・エト・マヌス ラテン語 意味 心と手)”をモットーとする校風だったこと。机上で考えるだけじゃなくて、実践することを重んじていたことはイノベーションを起こす土壌を育んできたと思います。
なるほど。メンス・エト・マヌスは、MITのアントレプレナーシップセンターで教鞭をとるビル・オーレット氏がいつも授業で言っていますね。
それだけ素晴らしい条件が整ってはいたのですが、足りないものがありました。私たちはそれを「起業家が集まれる場」だと考えたのです。優秀な学生が創業する時、近くに小さなオフィスを借りるけれども、それらは点在していてシナジーは生まれませんでした。あるいはカリフォルニアに行ったり、たとえばインドなど自国に帰ってしまったり……。
そこでCICが生まれた。
最初はMITからスペースを借りて、わずか300平方メートルからスタートしたんですよ。
それが現在では、世界4ヵ国・8都市で、9万平方メートル以上に及ぶフレキシブルオフィススペースを運営するまでに成長したのですね。
今回、CICは東京・虎ノ門に次いで日本での2拠点目となる候補地として福岡市を選ぼうとしている。なぜ福岡だったのか。ティム氏は「福岡は国家戦略特区『福岡市グローバル創業・雇用創出特区』に指定されスタートアップ企業が集積する土壌である点を評価した」と説明する。
また、起業家精神にあふれた都市であり、日本と他のアジア地域の架け橋としての役割を果たしていることも選択の後押しとなった。他にも世界9カ国37都市と直行便で結ばれていていることや、福岡に拠点を置く九州大学は、最先端の技術開発でも知られているほか、優れた大学が多数存在するなど、福岡はイノベーションキャンパスに適した要素を数多く持っていると評価されたのだ。
あらためて、福岡のいいところといえば、空港からのアクセスが良くて、あとはご飯がおいしいとか……。
そうですね。まさにそれらはとてもよいポイントです。何より街が持つ文化が重要なんです。その点、福岡は「One of the coolest place in Japan」言っていいほどの魅力があります。外国からみても、日本が大好きだという人は大学教授や起業家などインテリ層にも多い印象です。だから日本でなにか面白いことをするとなれば、「あ、じゃあいいよ」と、すぐ来てくれます。
福岡の魅力をもっと具体的に言えば?
まず大きな商業圏があること。商売が盛んな場所は、企業家精神が育ちやすい。というのも、飲食店を始めとして、規模は小さいかもしれませんが、たくさんの起業家が存在するからです。始めてみようとする文化があるからこそ様々なことが生まれるのです。また、街から少し行けば、糸島のような、海岸でサーフィンもできる自然豊かなスポットもあるといった地理的な条件も素晴らしい。
そんな福岡に魅力を感じた多様な業界の起業家たちに、この「(仮称)CIC Innovation Campus Fukuoka」に来てもらいたいですね。
今回作るイノベーションキャンパスでは、特定の産業にフォーカスしていません。たくさんの業界の、様々なバックグラウンドを持つ方が混じり合う、多様性あふれる場であるべきだと思っています。
今までばらばらに存在していた産業が混じり合うことが、新たなイノベーションを起こすきっかけとなるということですね。そういう意味では、西鉄はもともと鉄道やバスなど主に交通を扱う事業者ですが、今は物流や不動産など多くのビジネス領域があり、それらを水平につないでいる会社でもあります。そのつながりの中に、スタートアップ企業の新たな活動を加えていってもいいかもしれませんね。ところで、パートナーとして西鉄を選んだ理由は?
この福岡に深く根差した企業である西日本鉄道と連携することは理想的であると考えました。同社はこの地域最大の私鉄・まちづくり企業であり、現在の「福岡」を形作ってきた企業とも言えます。
今回のプロジェクトの中心となるのは西日本鉄道の本社があったメモリアルなビルの再開発です。鉄道ネットワークの中心にあたる福岡天神駅に位置し、世界トップクラスの設計事務所が外装デザインを担い、新たな時代の働き方やワークプレースに対する考え方やコンセプトが採用される。今回のプロジェクトにおいて、イノベーション推進をミッションに掲げるCICを運営パートナーとして協業を検討いただいていることを大変光栄に思います。
CICはワンビル(旧福ビル)7階のスカイロビーエリアへの入居を検討している。スカイロビーはビルのコンセプト「創造交差点」の象徴として、ビル内の様々な機能をゆるやかにつなげ、組織の枠を超えたコミュニケーションを誘発する場として計画されている。
イノベーションキャンパスの施設が入るエリアは約3,500㎡。24時間365日利用可能な、プライベートオフィスやコワーキングスペース、会議室、アメニティスペース(キッチンスペース・授乳室・仮眠室など)を揃える構想である。
いつも何か新しいアイデアに出会うことができ、イノベーションを生み出す場として、スタートアップや、国内外の様々な企業、ベンチャーキャピタル、大学・研究機関、政府・自治体機関、弁護士などのプロフェッショナルファームなどが集う場となるだろう。
新たなビジネスやイノベーションの創出を促す場所になるといいですね。
まず目標としては、日本の有能なスタートアップが集まる最もインパクトのある場所にしたいと考えています。これまで培ってきたノウハウを活かして、色々な方法でトップクラスの起業家たちを集めます。
たとえば?
一般的なコワーキングスペースの会議室だと遮音性能が低く、社外秘の情報や数億円のプロジェクトの話などが筒抜けの場合もあったりします。この環境はイノベーションを創出していく拠点としては致命的です。そのため、CICでは入居者間の活発なコミュニケーションが取れる環境を構築しつつ、重要な情報が漏れてしまわないように高い遮音性を持った施設を構築しています。
なるほど、そこはオープンじゃだめだ(笑)。
20年以上かけて蓄積したノウハウは大小あるものの、数にすれば膨大で、多岐にわたります。たとえば大きな点で言えば、オフィスがどこに位置するかはとても重要です。街のポテンシャルを分析するのはもちろん、最終的には区画単位で「どこが最適か」を考えていきます。「こっちの角より、こっちの角のほうがいいんじゃないか」というように。その意味で今回の立地はまさに天神の中心であり、地下鉄直結の最高のロケーションです。加えて、スペースのデザインといった構造的なテーマも重要視しています。
細やかな配慮も大切なんでしょうね。
その通りです。たとえば、ドリンクコーナーの抹茶がおいしいとか(笑)。人が集うためには、本当にこういう細部が大切なんです。あと、室内の微妙な温度とか。そうしたポイントは100項目なんてものではありません。最も重要なのはそこが「起業家が最も居たい場所であるかどうか」です。
福岡のど真ん中、天神にトップクラスのイノベーターたちが集まる、そんな「場」ができると思うと今からワクワクします。
「場」をつくるのはそんなに難しくありません。より重要なのは、イノベーションへの勢いが失われぬよう、定常的に、時にはリズムやペースを変えてドラムビートのようにアクションを取り続け、そして「場」を盛り上げ続けることです。たとえばイベントを1回だけ開催するのは簡単ですが、何十回、何百回と続けるのは難しい。その「場」に、人々が好きで集まる環境や文化をいかに継続的に創出するかがポイントです。
そこはとても重要ですよね。活動の継続って実は簡単なようでなかなかできることではない。だからビジョンとミッションとパッションを共有して、まるで運命共同体のように毎週顔を合わせて繰り返し話すことによって、だんだんモメンタム(勢い)が生まれて密度と濃度が高まっていく。
たとえ話をすると、誰も周りにいないところでロウソクを灯して、一人で一所懸命にあおいでも、あまり明るくはなりません。一人の明るさは変わらないとしても、みんなが同じ場所に集まれば、その灯りははるか上空からも見える明るさになり、またその灯りに人が引き寄せられ、さらに明るくなる。それが「場」の力です。その力を様々なアイデアで、しっかりと継続していくことがポイントです。
その成功ノウハウを持っていることが素晴らしい。グローバルなレベルのノウハウなので、それを福岡に持ってきてもらえることは、すごくエキサイティングです。
ありがとうございます。天神から世界を変える。西鉄さんと協力することで、必ず実現できると信じています。