2025年春に開業予定の「ONE FUKUOKA BLDG.(略称:ワンビル/旧福岡ビル)」。開発に携わるキーパーソンたちに思いを語ってもらうシリーズの4回目となる今回は、同ビルにスタートアップ向けのオフィススペースを中心としたイノベーションキャンパス「(仮称)CIC Fukuoka」の開発を手掛ける3人を取材。天神開発本部福ビル街区開発部課長・永井伸さんを聞き手に、「CIC」とその姉妹組織である「Venture Café」の信条に迫る。
CIC Japan 会長 / KEARNEY 日本法人 会長
Venture Café Global Institute
Global Growth Director
Venture Café Tokyo
Executive Director
2025年春の(仮称)CIC Fukuokaオープンに向けて、それぞれの役割について教えてください。
CIC Japanの会長として、日本におけるCIC各拠点の最終責任者であり、展開をリードする役割を担っています。CICの福岡進出は、東京に次いで国内2拠点目です。
私の役割は、CICの姉妹組織にあたる非営利組織「Venture Café」を世界に拡大していくことです。世界中でたくさんのコミュニティが生まれ、イノベーションにつながるようサポートしています。
私は日本国内のVenture Caféプログラムの運営および統括を担当しています。Venture Caféは世界14の都市で展開していて、国内では東京、名古屋、つくば、岐阜、大阪の5拠点があります。
それぞれどのような経緯で、今の仕事に就かれたのでしょうか。
私は音楽業界出身で、以前はアメリカ・テキサス州のオースティンで、ライブコンサートの仕事などミュージシャンに関わる仕事をしていました。その後、テキサスでMBA(経営学修士)を取得して、アントレプレナーシップを学びました。
イギリスのボストンに移り、Venture Caféが主催する「Thursday Gathering」で現在のトップと出会い、転職しました。現在もオースティンを拠点に仕事をしています。
私の場合は大企業で営業と新規事業の仕事に携わった後、MBAを取得するために、アントレプレナーシップでは世界一と言われているアメリカのバブソン大学へ留学しました。バブソン大学では、自分が何を考え、何をしたいのかを徹底的に問われ続けました。それがアントレプレナーシップの基底にあるのでしょう。
そういう環境の中で、キャンパス内を歩いていた時、「日本にはアントレプレナーシップが必要だ」と、ふと思ったことがあります。その後、2017年の夏にメンターでもある前任者に誘われて、Venture Caféの持つ可能性を感じて現在の仕事に就きました。
私は経営コンサルティング会社KEARNEYで25年、日本を代表する企業を支援してきました。日本を再生するためには、大企業から改革するのが手っ取り早いと思い、その支援に集中してきたのですが、2010年ごろからその想いに疑念を持ちはじめたんです。世界をリードする新しい企業が出てくる国に流れているダイナミズムを、日本でもつくる必要があると考えるようになりました。
2015年、CICの創業者兼CEO、そして大学院時代の大親友だったティム・ロウが今、東京にいると、共通の知人からメッセージをもらいました。すぐに連絡を取ってみると「六本木にいるよ」とのことだったので、会いに行くことにしました。「CICが日本参入を考えているのでは?」とピンと来たんです。その時に「何か手伝うよ」と約束したのがはじまりでした。
それからすぐCIC Japanの代表に?
最初はただ友人として、ティム・ロウを国内の産業界や行政の関係者に紹介するなどの形で応援する立場でしたが、CIC Tokyoの設立をサポートするなかで、自然な流れで代表を務めることになりました。
大企業でイノベーションを活性化するには、スタートアップとの協働が必須だと考えています。結果として、大企業をコンサルタントとして支援しながらCICでスタートアップと向き合うというのは、すごく良い組み合わせでした。両者にはシナジーがあり、コラボレーションしてこそ日本の産業におけるダイナミズムが高まると考えているからです。
Venture Caféのコンセプトとビジョンを教えてください。
私たちは、「ISOLATION IS THE ENEMY OF INNOVATION(=イノベーションの敵は孤独である)」と考えています。人と人とをつなぐことにより何かを生み出すことがミッションで、誰もが参加できる機会や場を提供し、人と人をつなぐことで何かが生まれ、イノベーションを起こしたいと考えています。
そのためには、何かカギになるのでしょうか?
「多様性」だと思います。そのためにも、さまざまな人が足を運べるプログラムを用意しています。
私は以前ボストンで、ドイツのスタートアップが集まっている光景を目にしました。こうしたグローバルな側面のほかに、どんな多様性があるとお考えですか?
場所によってさまざまですね。どんな場所においても、「女性」は重要なキーワードになると思います。アメリカだと「LGBTQ」。そんなふうにいろんなバックグラウンドの人が気軽に参加でき、活躍できる場所でありたいと考えています。
今やVenture Caféの代名詞となった交流プログラム「Thursday Gathering」。日本ならではの工夫や苦労はありましたか?
今思い返すと、当初の「Thursday Gathering」は、包み隠さず言うとチャレンジでいっぱいでした。私自身は、ボストンで体験したような、カジュアルで軽やかな“アメリカらしい”カルチャーを実現することが大切であり、心理的安全性を高めていくことが重要だと考えていました。
ところが、初めての東京での「Thursday Gathering」の参加者は、黒いスーツ姿の男性が過半数以上を占め、ていねいに名刺交換をしはじめたんです。それ自体は否定するものばかりではないんですが、そればっかりになってしまうと、何と言うか、ちょっと違うんですよね(笑)。
それからどのようにして「Venture Caféらしい」カルチャーを浸透させたのですか?
まずは「How to enjoy Thursday Gathering(=Thursday Gatheringの楽しみ方)」という文字通り楽しみ方をシェアするセッションを毎週実施することことにしました。その他、看板を立てて動線を整理したり、メッセージを発信し続けたり、細かなことの積み重ねでカルチャーを育ててきました。福岡でも、この「気軽さ」をどうつくるかが課題ですね。そう言う私自身が、ちょっとまじめに答えすぎたかもしれません。
本当だ。こんなに固いRyu(=小村さん)は初めて見た(笑)。
そう、お互いをファーストネームで呼び合うのも私たちのカルチャーなんです。バックボーンに関係なく誰にでも開かれた場所を、この福岡でもつくりたいと思っています。
そのためにも、まず実現したいのは、プログラムの企画や運営をリードするディレクターの採用です。また、アジアと接点を持つことも大きな課題のひとつです。これからの戦略や拠点展開においても、福岡はとても重要な役割を果たすと認識しています。
CIC Japanのコンセプトについて教えてください。
スタートアップを中心とするイノベーターに、最高の仕事の環境を提供することが私たちのミッションです。形態としてはシェアオフィスですが、単なるスペースビジネスではありません。最高水準の設備やサービスに加えて、様々な活動への参加を通じて知的な刺激を受けながら世界中のイノベーターとつながることができます。
2020年にオープンしたCIC Tokyoでは、約6000㎡のスペースに、約160室の個室と、100席のコワーキング席が準備されています。木曜日には「Venture Café」が開催され、それ以外の日にもCICが独自に企画した多様なイベントやプログラムを運営しています。
CIC Tokyoでは、設立当初からVenture Caféが盛り上がりを見せていたと聞いています。こうした交流の場が日本で求められているという確信は、設立当初からお持ちだったのでしょうか?
以前、米国ケンブリッジにあるCICを訪れたことがありました。イノベーターが集まる熱量の高いコミュニティを目の当たりにして、「こんな場が東京にもほしい」とずっと思っていたんです。
日本では、世界に飛び出していくエネルギーのある企業を、数社とは言わず何十社もつくっていく必要がある。そのために、イノベーション都市としてトップクラスであるボストンの中核を担うCICが日本に来るなら“願ったり叶ったり”だな、と。
今、どんなイノベーションが起こっているのでしょうか?具体的な事例を教えてください。
CIC Japanで大事にしているキーワードは、「Global」「Diversity」「Deeptech※」。日本のベンチャーコミュニティはITスタートアップが支えてきましたが、それだけでは不十分で、ライフサイエンスやロボティクス、環境分野など、さまざまなディープテックのスタートアップが世界に羽ばたいていくべきだと考えています。
現在は、内閣府や経産省・JETROのアクセラレーションプログラムで、日本発のディープテックのスタートアップを米ケンブリッジのCIC本社に送り出し、現地のベンチャーキャピタルや協業先候補と引き合わせる取り組みを進めています。派遣された起業家の方々にとって大きな刺激とラーニングになっており、手応えを感じています。
また、CIC Tokyoには、外国人起業家や女性起業家もたくさん入居していて、ダイバーシティをリアルに感じられるようになっています。
CIC Tokyoのチームでも、GMを始め多くの女性がリーダーやスタッフとして活躍していますし、メンバー全員がバイリンガルで、その多くが海外にルーツを持っています。「ダイバーシティ」を実現するためには、まずは私たち自身が「ダイバーシティ」を体現する存在であるべきだと考えています。
※科学的な発見や革新的な技術に基づいて、社会にインパクトを与えることができる技術
福岡の強みや弱点について、感じたことを教えてください。
福岡はアジアに近いので、立地的にかなりのポテンシャルがあると思います。ネットワークを広げ、世界における「福岡」の存在感を高めていきたいですね。その一方で、「Venture Café」という新しいカルチャーを根付かせていくには、ある程度時間がかかると見ています。
コミュニティとは同質性なので、その輪の中でいかにして多様性を育んでいくのかは、私たちにとって良いチャレンジになると思っています。そのためには、内からと外から、その両方の働きかけが欠かせません。
そんな中、「Venture Café Fukuoka」のプレオープンイベント「The Showcase~Introducing a global innovation Movement~」(2024年2月13日に実施)では、全国から何十人という仲間が集まって運営をサポートしてくれました。地域の垣根のない、誰にでも開かれた場所をつくっていきたいと思います。
梅澤さんの視点から見て、福岡はいかがですか?
「Venture Café」のカルチャーは、必ず福岡にフィットすると私は思いますね。福岡は、いい意味でノリが軽いし、新しいもの好きの文化がすでにある。東京より福岡のほうが、軽やかにスタートできそうな気がします。
アジアとの強い連携を築くことは、CIC Japanとしてのミッションだと考えています。福岡でそのネットワークができれば、東京で育ててきた米欧とのつながりがさらに生きてくるからです。
起業家が集まる施設「FGN(Fukuoka Growth Next)」が成功を収めている福岡に、大きな期待を寄せています。福岡から世界に飛び出す企業づくりの一翼を担えればうれしく思います。
最後に、ワンビル(旧福ビル)の開業後、ビルあるいは福岡がどのような存在となっていてほしいですか?
福岡がアジアのイノベーションハブになっている姿を、ぜひ見たいと思います。
いいですね。スケールアップをめざす起業家が集う街。そして、住みやすく、活気にあふれている。そんな福岡の魅力は変わらずそのままで。
福岡の良さを大切にしながら、開かれたまちをつくっていきたいと思います。そのために重要なのは、一人ひとりに寄り添うこと。ワンビル(旧福ビル)のオープンに先がけて、2024年秋には天神中心部で「Venture Café Fukuoka」を立ち上げる予定です。「Thursday Gathering」のほか、誰もが気軽に参加できるプログラムを企画・開催するので、ぜひ遊びに来てください!