2025年4月24日(木)に開業予定の「ONE FUKUOKA BLDG.(通称:ワンビル)」では、福岡にゆかりのあるアーティストの作品にも触れることができる。今回は、館内のエスカレーター横にある壁面のアートを担当した陶芸家の鹿児島睦さんと西鉄・天神開発本部福ビル街区開発部の黒木桃子さんに、作品や制作過程について話を聞いた。
作品が設置されているのは、ワンビルを訪れる多くの人が利用するエスカレーター横。鹿児島さんが描いた海や陸上の生き物たちが、アートタイルに描かれている。
イルカや魚、アザラシといった水中の生物から、シマウマやトラ、孔雀など陸上の生物まで。来館者の動線に合わせて、愛らしい表情をした多様な生物と出会えるのだ。
60cm四方の薄いタイルに、象嵌(ぞうがん)という手法で刻み込まれた動物たち。その一匹一匹を見つめていると、今にも動き出しそうなほどの躍動感にあふれている。
制作にあたり、そもそもなぜ鹿児島さんへの制作依頼が実現したのか。西鉄・天神開発本部福ビル街区開発部の黒木桃子さんと鹿児島さんに話を伺った。
アート導入を決めるにあたり、まずは「創造交差点」というコンセプトからスタートしました。多様なものが交差することで新しいアイデアやカルチャーが生まれる場所にしたい。そんな想いを強く持っていたので、このコンセプト実現のためにもアートは必ず導入したいと考えていたのが出発点です。
最初はみなさんとリズムデザインさんの事務所でお会いしましたよね。
そうでしたね。このコンセプトを実現するためにもぜひ鹿児島さんにお願いしたいと思い、チームの架け橋となってくださっているリズムデザインの代表でもある建築家・井手健一郎さんの事務所で鹿児島さんやFACT(※)のみなさんにご相談しました。
※FACT……Fukuoka Art
Culture Talkの略称。福岡の文化芸術について考える団体。
私は福岡で生まれ育ち、現在も福岡で生活しています。学校を卒業して初めて就職した会社が、福岡ビルにあったNICでした。1966年に西鉄が岩田屋と共同出資で設立した会社です。なので、制作の依頼を最初に聞いたときは、あらためて縁があるなと感じました。
NICに所属されていたこともあり、西鉄の歴史を知る貴重な方です。また、鹿児島さんの作風がすごく温かくて、親しみやすくて。子どもから大人まで、ワンビルを訪れるいろんな方々に見てもらえると素敵だなと思って、制作をお願いしました。
ところで鹿児島さん、NICでのお仕事はいかがでしたか?
設立された1966年当時から、世界のデザイン潮流の最先端を走る会社で、もちろん地元福岡でも住空間や文化をけん引する存在でした。「インテリア」なんていう言葉が、まだ日本にない頃です。
そんな最先端の集団が福岡にあったのですね。
単に商品を売るだけではなく、ライフスタイルに合わせて住空間全体をより良くできるよう提案するのがNICならではのスタイルでした。ある時は現場監督へ、またある時は商品の品質検品へ。お客さまとお話ししてインテリアをご提案したり、ご自宅へ納品に行ったりすることもありました。毎日出勤するのが楽しくて、刺激的でしたね。
先輩やお客さまにいろんなことを教わりながら、社会人の基礎を身につけた場所でもあります。今の私があるのはNICのおかげだと、感謝の気持ちでいっぱいですよ。そう、そんな思い出深いNICがあった場所が新しいビルに生まれ変わるというので、最初に制作の依頼を受けたときは、実はさみしい気持ちのほうが大きかったんですよ。
それほど鹿児島さんにとって大切な場所だったんですね。
だから、こうしてワンビルに携わることができて、当時の先輩たちに良い報告ができるのがうれしいですね。「NICのシマウマ(※)が天神に帰ってきますよ」ってね。
※当時、NICのパッケージにはシマウマの柄が採用されていた。
天神の歴史や文化の中心で、濃密な日々を過ごしてきた鹿児島さん。ワンビルのアートはどのように作品づくりを進めていったのだろうか。
今はいろんな動物がいるのですが、実は、制作過程でシマウマだけを描いていたこともあるんですよ。
最初の頃にいただいた原画はシマウマがたくさん描かれたものでしたね。
地下2階から地上4階まで、全部シマウマ。さすがにそれは大人げなかったなと後から思ったんですけどね(笑)。
私たち西鉄側からご提示したのは、「創造交差点」というコンセプトと「歴史の継承」という視点でした。また、エスカレーター横ということもあり、「来館者の道しるべになるように」という要望もお伝えしました。その中で鹿児島さんのアイデアをいただきながら、設計に携わるチームといろいろとご相談して進めていきました。
鹿児島さんから図案をいただく度にチームの期待感は上がっていましたが、同時に「きちんと計画してこれを実現しなければ」と責任感も増していきましたね。
大きく言うと、1階を境に水中の生物と陸上の生物にわかれています。1階はエントランスに近く、各フロアをつなぐ場所なので「シロクマの前ね」とか待ち合わせの場所に使ってもらえるとすごくうれしく思います。
最終的に「象嵌(ぞうがん)」という手法で絵をタイルに刻み込んでいますが、最初は壁に直接描くプランもありましたよね。足場を組んで、直接ぼくの手で(笑)。
安全性や耐久性、メンテナンスなど色々な条件を考慮したら、難しそうだということがわかってきて。
いろんな素材や方法を検討した結果、タイルが一番良いとわかりました。私も好きなスタイルです。検証の段階では、リズムデザインの井手さんにも大いに助けてもらいましたし、象嵌を手掛けてくださった職人さんたちの工場や手仕事、技術の伝承は見事なものでした。なので、私のものというよりも、「鹿児島&仲間たち」みんなで作ったひとつの作品ですね。
過去に象嵌を使って作品を作ったことはありましたか?
陶芸の装飾という意味では一般的な手法なのですが、こうして建築物の内装に使ったのは初めてです。おもしろかったですね。
壁面全体をキャンバスとして考えることもできますが、象嵌の手法をとると決めてからはタイルというある種の「枠」ができましたよね。私たちのほうでタイルを配置する場所を決めて、そこに動物たちをあてはめていってもらいました。
実は、そのほうが進めやすくて。枠ができたことで「その中でどう構成していくか」という考えができるようになったからです。一般的に、大きな場所に何かを描くときって、どうしても小さく収まってしまうことが多いのですが、枠があれば「その中で大きくなれる生き物は?」とアプローチできます。
今回のように壁面に描く場合と、器や花瓶などをつくる場合では、作品づくりの考え方やアプローチは変わるのでしょうか?
基本的には変わらないですね。私がつくっているのは、どちらかと言うと「作品」よりも「道具」であることが多いんです。自分以外の誰かのためにつくることがほとんどなので、つまり、どなたかがお使いになることが前提ですよね。だから、自分の主義や主張はいっさい入れず、そのものがあるべき姿について考えています。
ちなみに、もし「好きなものを描いてもいいよ」って言われたら、ガンダムとか描いちゃうかもしれませんよ(笑)
ガンダム、お好きなんですね。それも見てみたい気がします。
でも、言うなれば、建物は私が死んだ後もずっと残り続けます。だから、何と言うか、委ねて託しちゃう部分が大きいから、つくるものとは距離を取っておかなきゃいけないと思っています。
例えば、お皿なら「このお皿のかたちをいちばん生かせるものは?」と考える。ワンビルの壁面も同じように考えていきました。その形に対して、いかにいちばん効果的でシンプルなものは何なのか。そんなことを考えながら絵付けをしています。
各フロアそれぞれの場所の動物が決まってから、微調整もありましたね。
いざ現場に行くと、やはり想定以外のことは出てきますよね。この空間が意外と空いてしまって目立つとか、全体のバランスとか。そうしたときに、タイル1枚以内に収まる鳥がいい調整役になってくれたりして。
本当にすてきなアートができあがりました。作品のタイトルは『Mi
volas paroli(ミ ヴォラス パロリ)』。どういった想いが込められているのでしょうか?
『Mi volas paroli』はエスペラント語で「話をしたい」「私は話したい」という意味です。本来ならば動物の言葉や植物の言葉でタイトルをつけたかったのですが、人間の私では残念ながらそれはできないので、母語の違う人々を結び付けようと希望をもって作られた言語、エスペラント語がいちばんよいのではないか、と。
すてきですね。
ワンビルが、人と人との出会いが国境やジェンダー、宗教にとらわれず、リアルに会話をして互いを理解する場所であれたらと願ってこのタイトルに決めました。
「創造交差点」というコンセプトにぴったりのタイトルです。
作品を設置する際、最終仕上げとしてタイルにサインを入れたのですが、本当は携わってくださったチームのみなさん全員のお名前を刻みたいくらいです。私一人ではできないものですから。
ぼくの立ち位置って、同業者がいないんですよね。純粋な陶芸家でもなければ、デザイナーやイラストレーターでもない。カテゴライズされにくい道を選んでいることはわかっているので、そんな自分の立場をいつもは「国境を歩く」と表現しています。
そのことにさみしさは感じますが、それはさておき……。ワンビルの壁面はきっとたくさんの方々に見ていただけるので開業を楽しみにしています。さまざまな動物たちが自由に行き交う場所なので、訪れてくださるみなさんには、そのままの姿を見て、自由に感じていただけたらうれしいですね。
今回ワンビルではアートにかなり重点を置き、プロジェクトを進めてきました。ワンビルでは鹿児島さんをはじめ、アーティストの方々のすてきな作品を採用しています。こうして公共の場で気軽にアートに触れ、日常的に親しめる機会をこれからもたくさん創出していきたいと考えています。
福岡って、アートというよりデザインの印象が強いまちですよね。まちを歩けば世界的な建築家の建物がありますし、地下鉄には西島伊三雄先生が作ったシンボルマークがある。一つひとつの駅にこんなにいいマークがあるなんて、なかなかめずらしいことですから。
西鉄さんで言えば、西鉄バスや西鉄電車って、すでに福岡のまち並みの風景のひとつになっているとぼくは思います。ラッピングバスを見るのも楽しいし、天神大牟田線を走る観光列車「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO(ザ レールキッチン チクゴ)」もこのまちならでは、ですよね。
ワンビルでの今後のアート活動に期待しています。
ワンビル開業をスタートと捉え、アートがまちに根付いていくよう継続的な取り組みをしていけたらと考えています。
福岡には工芸の作り手や他のジャンルのアーティストはたくさんいるのですが、販売や発表の場が少なすぎて、若手が育ちにくい現状があると感じています。収入を得る場所もないから、結局彼らは東京や海外に行ってしまうんです。
アートシーンに求められる場や機会の創出で、西鉄さんやワンビルに入居されるスパイラルさん、FACTもいっしょになって若い才能をバックアップしていけば、福岡はもっとおもしろくなると思いますよ。電車やバスなどの交通機関や商業施設もお持ちなので、天神だけでなく他の地域も巻き込んだ大きな動きをつくることができるのではないでしょうか。
ありがとうございます。西鉄の果たすべき役割とまちづくりにおけるアートの重要性を再認識しました。
2025年4月24日(木)の開業後、鹿児島さんをはじめさまざまな作家のアートに出会うことができるワンビル。その魅力をぜひ体感しに来てください!
福岡生まれ。造形作家だった祖父の影響を受け、沖縄県立芸術大学で陶芸科を専攻。卒業後は福岡ビル内のインテリアショップ「NIC(ニック)」で勤務したのち、陶芸家として独立。現在は福岡市内のアトリエで、陶器、ファブリックや版画など、多岐にわたり制作活動を行う。日本国内にとどまらず、L.A.、 ロンドン、台北など海外でも個展を開催し、人気を博している。
西日本鉄道株式会社
天神開発本部 福ビル街区開発部
2019年入社。都市開発事業本部 企画開発部を経て2020年より現職。