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都市部のタクシー不足を解消するための新しい交通サービスとして注目を集める「ライドシェア」。海外で広く普及している「Uber」や「Grab」とは異なる「日本版ライドシェア」とは、一体どんなサービスなのか?
福岡交通圏でのライドシェア参入に携わった、福岡西鉄タクシー株式会社の荒川博敏さんと、同社のライドシェア第一号ドライバーである田中佑弥さんに、「日本版ライドシェア」の実情と運用状況についてインタビューした。
「Uber」や「Grab」などの専用アプリを介して、利用者とドライバーをマッチングする「ライドシェア」。海外では2010年ごろから盛んに使われるようになり、現代型の交通手段のひとつとして、今ではすっかり市民権を得ている。
日本では、タクシー不足の解消や地域交通の活性化を目的に、2024年4月から一部地域で「自家用車活用事業(日本版ライドシェア)」が解禁となった。個人がドライバーとなる海外のライドシェアと異なるのは、日本ではタクシー事業者が管理する一般ドライバーが自家用車で乗客を運ぶ点だ。国土交通省の認可を受けた事業者だけが、特定の「エリア」と「時間帯」において運行を認められている。
タクシー会社の管理下で運営され、タクシーが不足する地域・時期・時間帯にのみ、地域の自家用車・一般ドライバーを活用して不足分を供給する——。そのため、国内であっても地域によって運用状況が異なるのも「日本版ライドシェア」の特徴だ。
福岡では、2024年6月から運用がスタート。申請・認可を受ける会社が少しずつ増え、2025年3月27日時点で九州運輸局が公表する「自家用車活用事業許可事業者」の数は、福岡交通圏で37社となっている。
国土交通省九州運輸局ホームページ参照:
https://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/content/000347423.pdf
福岡での運行時間は次の通り。
いずれも交通量が多いと予想される時期・時間帯である。
ライドシェアはあくまで「一般ドライバー」による「タクシー不足の解消」を目的としているため、乗り方や支払い方法などに「決まりごと」が設けられている。
また、日本版ライドシェアで使える車は「自家用車」となっているが、タクシー会社の遊休車を活用するケースも見受けられる。屋根につく「社名表示灯」がなく、フロントガラスに「GOライドシェア」等の表示灯が付いている点がタクシーとの違いだ。
さらに、タクシードライバーに必須である「二種免許」が不要なのも日本版ライドシェアの特徴だ。タクシー会社に所属し、自家用車と運転免許を所持していれば運行できるので、ドライバー不足の問題をクリアできるのだ。
タクシーとの主な違いは、次の通り。
こうした特徴を踏まえると、日本版ライドシェアのメリットとデメリットは以下のようにまとめることができる。
さまざまな点を鑑みると「日本版ライドシェア」はタクシー不足を解消し、地域の交通を助ける可能性が高い。全国のたくさんの地域で導入が進んできたことも事実であり、今後は新しい交通サービスとして成長していく可能性も大いに秘めている。
ライドシェアは「けっこう複雑な制度?」「利用するのは難しい?」といった疑問も出てくるかもしれない。しかし、そこは安心してほしい。「日本版ライドシェア」の利用方法はいたってシンプルだ。
利用するには、まずは配車アプリをダウンロード。福岡市でライドシェアを利用する場合は「GO」と「DiDi」の2つが利用できる。乗車地点や目的地の入力などはタクシーと変わらないが、ライドシェア車両の可否を設定できるようになっている。
ただし、利用の際はアプリ上で「目的地の設定」と「事前のキャッシュレス決済」が必須となる。また、アプリが自動的に車両を割り振るため、ライドシェアの配車を許可したとしても、必ずしもその車両が配車されるとは限らない。なお、西鉄タクシーが採用している「GO」では、ライドシェア車両を含まない配車も可能である。
車が来たら、あとはタクシーを配車する際と同じ。ナンバーを確認し、予約者名を告げて乗車しよう。
海外で利用する際は、ドライバーが一個人であるため「どんなドライバーかわからない」といった不安が出てくるかもしれない。しかし、日本なら、国が運行を認めているのは地域のタクシー会社のみ。「プロのドライバーを抱える企業が選んだドライバーなら」と安心して利用できる点は利用者にとってかなり大きい。
日本版ライドシェアの運行台数は地域ごとに定められており、事業者が運行するためには国土交通省から認可を得て、運行台数を申請する必要がある。福岡西鉄タクシーは2024年12月に国土交通省(九州運輸局)へ申請し、大楠営業所で最大5台の運行を認められた。
ライドシェアの導入や運用などを担当する、福岡西鉄タクシー株式会社の取締役・グループ統括部長の荒川博敏さんと、ライドシェア車両のドライバー第1号となった田中佑弥さんに話を聞いた。
2024年6月のサービス開始から、約半年遅れての導入スタート。どんな検討を経て導入に至ったのでしょうか?
導入までの約半年間、社内ではさまざまな議論が交わされました。これまでにないまったく新しいサービスなので、誰にも正解はわかりません。ただ、福岡の交通サービスを担う西鉄としてどのように運用していくべきなのか、時間をかけて丁寧に検討してきた結果、12月からのスタートとなりました。
実際には、どのように運用しているのでしょうか?
福岡西鉄タクシーでは、入社面接に合格したドライバーの方に、二種免許取得までの期間、西鉄タクシーの車両で乗務してもらっています。お客さまに安心してご利用いただけるよう、ライドシェアドライバーに向けては事前社内研修を実施。整備の行き届いた車両と質の高いサービスを提供できる体制を構築しました。
日本ではライドシェアに対して、安全面への配慮から慎重な意見を持っている方が多いのが実情です。西鉄タクシーではタクシー会社が管理するメリットを活かし、日本の風土に合った、安心感のある交通サービスを提供したいと考えています。
福岡西鉄タクシーがライドシェア導入によって解決したい課題は、ずばり「ドライバーの確保・育成」と「遊休車の有効活用」だと、荒川さんは続ける。
「二種免許取得までの期間」とのことですが、試験ってそんなに難しいのでしょうか?
タクシードライバーを志す方にとって、二種免許試験に合格することは最大の関門だと言えます。西鉄タクシー面接合格者の2023年度以降のデータを見てみると、二種免許取得のために平均して約3回試験を受け、約35日間かかっています。
難しい試験なんですね。
しかも、その期間、ドライバーの方は無給状態になってしまうんです。せっかく就職しても、収入の見通しが立たないというのは大きな不安要素ですよね。そこで私たちは、二種免許試験合格までの間、普通免許で運行できるライドシェアのドライバーとして乗務し、無給の窮状を避けられるように制度を整えました。
西鉄タクシーのライドシェア勤務では、タクシードライバーと同様に「歩合」で報酬が計算される。出勤から退勤までの間、1時間あたりの収入が基準以上を計上した場合、その半額がドライバーの報酬だ。
もし、配車による収入が基準に満たなかった場合には社内規定の時給が報酬として支払われる。さらに、報酬は現金で即日受け取れるので、生活面での安心度は高い。
いずれは二種免許試験に合格して、西鉄タクシーのドライバーとして働いていただく仲間ですので、待遇面でも後押しをしたいと考えています。地域の交通にとって何より大事なのはドライバーの確保だと実感する私たちだからこその施策とも言えるでしょう。
・福岡西鉄タクシーが管理するドライバーが運転することで、利用者は安心感を得られる。
・ドライバーは二種免許を取得するまでの間、給与を得ながら乗務経験を積むことができる。
・タクシー会社は遊休車を活用して、タクシー不足という地域課題を解決できる
西鉄タクシーへの入社が決まったドライバーが、二種免許試験に合格するまでの期間、西鉄タクシーが保有する車両で乗務する——。この仕組みなら、利用者、ドライバー、タクシー会社の全者がメリットを享受できるというわけだ。
さらに、ライドシェアの運行には福岡西鉄タクシーが保有する車両の「遊休車」を利用することで、車両の稼働率の向上にもつなげています。ライドシェアに使用するのは実際のタクシー乗務で使用する車両なので、乗務に慣れていただくことで、二種免許取得後には即戦力としてタクシードライバーデビューできるとも考えています。
ドライバーとして働き、収入を得ながら二種免許取得を目指せるのは、タクシードライバーを志す者にとって大きな利点だ。
2024年12月に入社した田中さんは、ライドシェアドライバー第一号として乗務しながら、二種免許試験合格を果たした。福岡西鉄タクシーが導入したライドシェア制度について、どのように考え、トライしたのだろうか。
前職はウェブデザイナーでした。20年間、会社員からフリーランスへと勤務形態を変えながら、ウェブサイト制作などを生業としていました。タクシードライバーを志したきっかけは、ずばり「AI」の登場です。人工知能の加速度的な進化で、ウェブデザインの領域でもAIがどんどん活用されるようになり「これからの時代にはAIにはできない仕事をしなければ」と考えました。
タクシードライバーは、10年勤務すれば「個人タクシー」として独立できますし、自らのスキルや資格で稼げるようになるのは大きな魅力だと感じたんです。とはいえ、ドライバー経験があったわけではなく、異業種からの転職なので、かなり思い切った決断でした。
数あるタクシー会社のなかで福岡西鉄タクシーを選んだのは、「西鉄」と言えば福岡のまちで長きにわたって人々の交通を守ってきた歴史ある会社だからです。業界大手ということもあり、就職先として安心感がありましたね。
採用面接時に、ライドシェア制度についての説明も受けた田中さん。
最初に聞いた時はどう思いましたか?
「試験に落ちてしまったとしても、無給状態にならずに済む」とわかり、安心感が強くなりました。第一号とわかった後も「ぜひ挑戦したい」と思いましたし、きちんと整えられた制度なので不安はありませんでした。働き始めて数カ月たちますが、ドライバーへの待遇の厚さは、西鉄タクシーを選んでよかったと感じるポイントです。
田中さんは2024年の12月末に西鉄タクシーの面接に合格。翌年1月から二種免許の教習を開始した。3度目の受験で合格を果たすまでのあいだ、ライドシェアのドライバーとして乗務した経験を次のように振り返る。
会社としても前例がない取り組みなので、実際に乗務するまでには手探りで進めるような場面もしばしばでした。そのような状況でも、上長や先輩方は丁寧に対応してくださったので感謝しています。
初めて乗務した時のことって、覚えていますか?
初めてライドシェアで乗務した日の天気はよりによって雪。路面の状況がデリケートなうえ、夕方ラッシュ時の渡辺通りを運転するのは初めてだったので、ちょっと緊張したのを覚えています。
それでも、ライドシェアドライバーを対象とした乗車事前研修を受けていたので、自信を持って乗務できました。結果的に、雪の影響もあって配車依頼が相次ぎ、初日は想像以上の収入に。ライドシェアにチャレンジして得られたメリットは大きかったと感じています。
ライドシェアドライバーを体験して良かったことは?
二種免許を取得中の方にとって、ライドシェア乗務はデビュー前の「実地研修」の効果もあると思います。ナビゲーションに従って目的地へとお客さまを運ぶだけで、支払いはアプリで完結するので領収書の受け渡しや金銭の授受がありません。タクシー乗車に比べて業務内容がシンプルなので、その分集中して仕事に臨めると感じました。
私の同期でライドシェアを経験していないドライバーは、「初めてタクシーにお客さまを乗せて走る時は正直なところ怖かった」と打ち明けてくれたことがありました。一方、私はライドシェアを体験していたのでそうした精神的なプレッシャーが低く、スムーズにデビューできたと思っています。
日本版ライドシェアの運用をスタートして約4カ月(取材時)。荒川さんは、導入後に得られた「手応え」と「今後の展望」について次のように話してくれた。
ライドシェアの制度を作った私たちとしては、まず、第一号の田中さんが制度を利用して無事に乗務してくださったことに安堵しました。二種免許を所持しない方に乗務をお任せするのは初めてでしたから。
加えて、田中さんが話してくださったように「研修」としての効果を得られたのは大きな収穫だと感じています。無給状態の不安を解消しながら乗務に慣れていただき、タクシードライバーとしてハンドルを握るときには、自信を持ってお客さまをお迎えできる——。そんな理想を実現できたので、「今後も推進していけそうだ」と自信になりました。
今度も積極的にライドシェアドライバーを増やしていくのでしょうか?
ライドシェア制度を利用するかどうかは、入社する方ご自身に判断を委ねていて、今後もそれは変わらないと思います。私たちのゴールは、あくまで「二種免許を取得し、タクシー運転手になってもらうこと」。ライドシェアの活用は、乗務員の生活を守るためのオプションという考えです。ライドシェア乗務に傾きすぎて二種免許取得が遅れてしまっては、本末転倒ですからね。
ドライバーとしてはいかがですか?
二種免許の試験では、不合格者に向けた補講が受けられます。けれど、その時間をライドシェア乗務ばかりに充ててしまっては、試験対策に支障が出る可能性もあります。ドライバー自身も、二種免許の取得が第一の目的。そこを見失わないようにしないといけませんよね。
西鉄タクシーと同じように、「研修」を目的に組み込んだライドシェアの運用スタイルを採用した事業者もあれば、副業としてライドシェア乗務を認めている事業者もある。それぞれの事業者で解釈と運用が異なるのが、今の「日本版ライドシェア」の実情です。
ただ、西鉄タクシーは交通事業者として安全を最優先に考えます。そのため、あくまで専業のドライバーさんに安全な乗務を心がけていただき、タクシー不足の解消に寄与していきたいというのが基本のスタンスなんです。
タクシー不足の解消を目的として解禁された「日本版ライドシェア」。運用がスタートして福岡では約1年。現状を尋ねてみると、「福岡では忘年会シーズンや週末の夕方などのピークタイムを除けば、すでに供給量が回復してきています。少しずつですが、ライドシェアによるタクシー不足解消の効果が現れてきているんですよ」と荒川さん。
自家用車活用事業(日本版ライドシェア)に関する情報は現在もアップデートされていて、最新の情報は国土交通省のホームページで閲覧できる。
日本版ライドシェアサービスの広まりによって、「安心」の価値が見直されている今、福岡西鉄タクシーは安全と伝統を守りながら、新たな交通サービスの提供に踏み出している。
この一歩を礎に実績を積み重ねていくことで、「きっと快適で安心な未来の交通サービスの姿が見えてくる」と話す荒川さん。「これからも、新たな取り組みがあれば意欲的にチャレンジしていきたい」と語る、頼れるドライバー田中さん。2人の言葉からは公共交通の未来の明るさが感じられた。
福岡西鉄タクシー株式会社
グループ統括部 取締役 グループ統括部長
2007年入社。自動車事業本部配属後、nimocaバスシステム導入や他社への展開、ダイヤ作成、制度・運用担当、高速バス、AIデマンドバスのるーと等の担当を経て、2024年4月より福岡西鉄タクシー株式会社へ。現在は西日本鉄道タクシーグループ各社の全体の業務に携わっている。
福岡西鉄タクシー株式会社
乗務員
福岡で20年間Webデザイナーを経験。AI登場をきっかけにジョブチェンジを考えるようになり、2024年12月に福岡西鉄タクシー株式会社に入社。社内で第1号のライドシェアドライバーとなり、乗務経験後に二種免許を取得。現在は二日市営業所を拠点にタクシードライバーとして乗務中。
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