AI活用バスって、実際、どんな交通機関なんだろう? 2019年、福岡市のアイランドシティ地区で運行をスタートした「AI活用型オンデマンドバス「のるーと」。まずは運行の様子を実車レポートします。
AI活用型オンデマンドバス「のるーと」は、予約制の乗り合いバス。利用者はスマホアプリからいつでも予約できます。
現在の福岡県内の運行エリアは以下の4カ所。
福岡市東区の「アイランドシティ地区」は、30年近く前から整備がはじまった埋め立て地。今では高層タワーマンションやこども病院、青果市場などが集まる先進的モデル都市です。福岡中心部からアクセスしやすく、営業所もあるということで、今回の行き先はアイランドシティに決定!
まずは専用のアプリをダウンロード。アプリを開いたらガイドに従って名前や電話番号などを入力します。初期登録は5分ほどで完了!
アプリを開いて、まずは行き先を設定します。今回は、アイランドシティ内の商業施設「アイランドアイ」と入力。乗車場所は、マップを確認しながら「西鉄千早駅」を選択しました。確定ボタンを押したら、乗車までの時間と料金が表示されます。
あとは「乗車希望日時」を設定するだけ。「今すぐ出発」と「事前予約」があるので、「事前予約」で予約時刻を設定。画面を進めると、出発予定時刻と降車予定時刻が表示されます。初めてだったから少し時間がかかったけど、慣れたら1、2分で予約できそう!
予約が完了したらSMSでスマホに通知が届きました。ちゃんと予約できたか心配だったので、こうした通知サービスはすごくありがたいですね。
乗車地点がある西鉄千早駅に到着。アプリで表示されていた地図をもとに西口に向かうと、バス停の一画に「のるーと」の「ミーティングポイント(乗り場)」を発見しました。
乗車時間が近づくとSMSで知らせてくれました。
乗車すると、ドライバーさんから「予約番号を教えてください」と聞かれました。アプリに表示された予約番号を伝えます。
料金は前払いなので、後払いが基本の西鉄バスに慣れている福岡市民にとってはけっこう新鮮! 支払いは現金か交通系ICカードかを選べるので、私はもちろん西鉄の「nimoca」でピッ! 事前に登録しておけばクレジットカードでの精算もOKです。
定刻になるとバスが出発。アプリによると、所要時間は約20分となっています。目的地までは約4kmなので、タクシーに乗れば最速で13分ほど。一方、「のるーと」は相乗りなので、利用者が多ければその分時間がかかります。この日は私の他に1名別の利用者がいたので到着までに1カ所だけ停車してから目的地に着きました。
タクシーよりも時間はかかりますが、料金で比較すれば
と、1,000円ほどの差があります。ランチ1食分。これはかなり大きい! ちなみに西鉄バスを使った場合は
「のるーと」との差額は-150円ですが、より時間がかかるのと、停留所から歩く必要があります。
一方、ミーティングスポットが細かく設定されている「のるーと」だと目的地まで直接行けて、かつタクシーより安い。こうして時間や距離を比較検討してみると、「のるーと」の魅力がよくわかりますね。
アプリの表示時間どおりに、目的地「アイランドアイ」に到着。乗った感覚はバスよりプライベート感がありタクシーよりも気軽。塾や自動車学校の送迎バスを、もっと便利にした感じでした!
「のるーと」の便利さはよく分かったのだけど、普段、この街に住んでいる人はどんな風に活用しているんだろう? 実際に「のるーと」を利用しているKさんに話を聞いてみることにしました。
Kさんはいつから「のるーと」を利用されているんですか?
そうですね、のるーとが運行をはじめて半年くらい経った頃でしょうか。仕事や買い物で外出するときにはほぼ毎回、乗っていますよ。
日常的に利用されているんですね。
ええ。このエリアは車移動される方が多いと思うんですが、私はペーパードライバーなので「のるーと」が便利です。最寄りのバス停までは歩いて5分なんですが、仕事上、荷物が多くなることが多いので家の目の前から乗れるのが助かりますね。
事前予約を活用されるんですか?
いいえ、だいたいいつも「今すぐ呼ぶ」を利用していますよ。「あと10分後に到着」だと家を出る前に呼べばちょうど良いですから。日時によっては「あと50分後に到着」と表示される場合もあるのでそんなときは、通常の路線バスに乗っています。
なるほど!のるーとの到着時間を確認した上で使い分けしているんですね。
帰りは電車の中からアプリで呼べば千早駅に着いた頃にのるーとが到着しますから、ちょうど待ち時間なく乗れるときもあります。駅に着いてから呼ぶときは、そのままスーパーでお買い物をしていればちょうど良い時間になりますね。
すごい。使いこなしていますね!
もちろん「乗合バス」なので他の乗客が多いときは目的地まで遠回りになるときもあります。急いでいるときには早く行きたい気持ちもありますが、やっぱり快適さと便利さの方が勝つのでのるーとを使うことが多いですね。
地元で暮らす人にとっては欠かせない交通インフラなんですね!ありがとうございました。
西日本鉄道株式会社
自動車事業本部 未来モビリティ部
モビリティサービス担当 係長
オンデマンドや自動運転などを担当。「のるーと」の運行を統括するほか、企業や自治体との連携などtoB向けの企画を担う。
西日本鉄道株式会社
自動車事業本部 未来モビリティ部
モビリティサービス担当
2020年に中途入社。データサイエンスの研究職から転職し、福岡にUターン。2021年は壱岐南を、今年からアイランドシティの「のるーと」事業を担当。
西日本鉄道株式会社
自動車事業本部 未来モビリティ部
モビリティサービス担当
まちづくりに興味を持ち、2021年4月に新卒入社。配属先が決まった5月から「のるーと」を担当。
先ほど「のるーと」に乗ってきました! 実際に使ってみると簡単で便利ですね。
そうですか! ありがとうございます。
さっそくですが「のるーと」って、その……ビジネスとして儲かってるんでしょうか?
おっ、いきなりそう来ますか!
だって気になるじゃないですか。利益を生まないと事業として成り立ちませんし……。
そこは、あとでこっそりお教えします。
そもそも、アイランドシティではどんな人が「のるーと」を使っているんですか?
利用が多いのは通勤時間帯です。アイランドシティから千早駅へ向かう方や、反対にアイランドシティに働きに来る方が多いですね。もちろん、アイランドシティ内の移動で利用される方もいらっしゃいます。
配車までの流れは、システム上どのように処理されているのでしょうか?
システムはクラウド上にあり、カナダの配車・運行管理システムで処理しています。アイランドシティの場合、バスは1号車から5号車までの5台です。どの号車にどのお客様を乗せるかなどの指示を、AIが出してくれます。
カナダのAI! そんなグローバルなシステムだったとは。びっくりです!
運転席にはタブレットがあり、運行ルートが示されます。運転手はそのルート・時刻に従ってバスを運行しています。
カーナビみたい。シンプルですね。
そもそも、なぜ「のるーと」が生まれたのでしょうか。ぶっちゃけ、路線バスじゃダメなのでしょうか?
「のるーと」が生まれた理由の一つは業界全体の「乗務員不足」です。西鉄としても何か解決策を提示できないかと考えて「のるーと」が誕生しました。
「のるーと」が、どうして「乗務員不足」に関係するんですか? 逆にバスが増えてしまうのでは……?
路線バスの乗務員が不足している原因は、大型二種免許を持っているドライバーが少ないからなんです。
「のるーと」は日産のキャラバンを10人乗り(運転席・助手席含む)に改造しているので、タクシーの運転手が持つ普通二種免許で運転できます。その分、大型二種免許を持つドライバーを主要な路線バスに回せるようになるので、人材を効率的に配置できるんですよ。
ドライバーさんは「のるーと」専属なんですか?
専属もいますし、現在は西鉄タクシーから人員をお借りしています。
まさかの「西鉄タクシー」から!それは西鉄の強みですね。
そのほか、「所有から利用へ」という、社会全体の公共交通への期待も背景にありました。そのうえで、「乗務員不足」や「赤字路線」といった地方交通の課題があり、これらを解決できないかと考えました。
時代のニーズに応えるための課題解決。意義深い事業ですね。
需要が少ない路線を設けるよりも、オンデマンドのほうが人手もコストも抑えることができ、持続可能な運営につながります。将来的には「脱炭素」の課題も解決できる、環境にやさしい車両が増えていくと思います。
「AIバス」「オンデマンドバス」といろんな呼び方がありますが、どれが正しいのでしょうか?
さまざまな呼び方がありますが、特に決まりはないんですよ。「のるーと」を指す場合は「AI活用型オンデマンドバス」と呼ぶことにしています。
「のるーと」ならではの特徴はあるのですか? システムさえ導入すれば、他の会社も真似できそうな気がするのですが……。
いい質問ですね。簡単そうに思えますが、実はそうでもないんです。地方交通では、いかに利用者に即した運行計画を立てるかが重要なので、西鉄のノウハウが生きるんです。地域交通との連携をリアルに考えるヒントになり、そのことが価値につながっていく。なかなか真似はできませんよ。
なるほど! 西鉄の豊富な運行経験は大きな強みなんですね。
さらに重要なポイントは、事業者が作り上げる公共交通だということです。運営している「ネクスト・モビリティ」という会社は、「のるーと」事業のために三菱商事と西鉄が出資した合弁会社です。
事業者=運営者ってことでしょうか。
そうなんです。普通は現場と管理側が別々になるのが通例ですが、私たちは現場の声を直接聞いて、すぐに仕組みに反映できる。これはなかなかレアってことですね!
そうなんです。2018年4月に西鉄と三菱商事による検討チームを結成し、翌19年に「ネクスト・モビリティ」を設立。同年4月から福岡市アイランドシティ地区で「のるーと」の実証運行を開始しました。
チーム結成から1年で実証運行ですか。驚きのスピード感ですね! あと、「のるーと」というネーミングや、車両デザインも特徴のひとつだと思いました。
たしかに。ネーミングと車両デザイン、私たちもすごく気に入っています。小学生が「あ、のるーとだ!」って言ってくれると、うれしいですね。
現場を走りながら、そのノウハウを他の地域にも提供する。いいこと尽くしじゃないですか! 「のるーと」がもっと広がればいいのにー!
その通りですが、改善すべき課題もまだまだたくさんあります。
どんな点ですか?
例えば、アプリやお客さまセンター、乗務員から日々収集されるお客さまの声には「待ち時間が長い」「こんなに待つなら路線バスやタクシーを使えばよかった」というご指摘があります。
そうか、予約のタイミングが遅れると、待ち時間が長くなることもありますからね。
こうした声が多いのは、予約に応じて運行する「乗り合いバス」だということがうまく伝わっていないからだと考えています。もちろん、運行の効率も上げていく必要を感じています。
利用者の声を拾い上げるために、毎週会議を開いています。いただいたご意見をもとに改善を繰り返しながら、PDCAを回していく。そうしてより良いサービスにしていきたいと考えています。
「のるーと」は日々進化しているんですね。「バスがつかまらない」ということはないのでしょうか?
つかまらないことはないのですが、待ち時間が長くなることはあります。その場合でも到着までの待ち時間は「遅くともあと●分~●:●分」とアプリに表示されるので、その時間内からズレることはありません。
待ち時間が長い場合、最長でどのくらい?
40~50分の場合もありますね……。
となると……やはり事前予約が良さそうですね
はい……。20~30分でも「長い」と感じる方もいらっしゃるかと思います。「今すぐ」でルートを検索するリアルタイム予約の場合、利用が多い時間帯だと待ち時間が長くなることもあるので、事前予約をおすすめしています。
幅広い年齢層が利用されていますが、年齢ごとの課題はありますか。
よく指摘される問題は「高齢者が使いやすいかどうか」ですが、スマホの操作が苦手な場合は電話予約もできます。乗車時は電話番号の下4桁をドライバーに伝えればオーケー。すごく簡単でしょ。
タクシーを呼ぶのと変わらない感覚ですね!
運用してみていかがでしょうか。率直な感想をお聞かせください。
目標はまだ高いところにありますが、公共交通の一手段としては順調だと感じています。わかったことは、「単に先端技術を導入したからと言って、人は簡単に利用しない」ということ(笑)。
リアルなコメント、ありがとうございます(笑)。
おかげさまで認知はかなり広がりましたが、使っていただくには生活習慣を変えてもらうことになるので、そこにはもうワンステップが必要です。地道に広げていくしかないですね。
草の根的な活動が大切なんですね。
将来的には、私たちが「のるーと」の運用で得たソリューションを、同様の課題を抱える全国各地に提供したい。地域に合った公共交通の形式を、伴走しながら一緒に探していきたいという思いを込めて「ソリューション型サービス提供」と呼んでいます。
「『のるーと』が走るならクルマは買わなかったのに」とか、「免許を返納した両親の交通手段にいい」といった、うれしい声も届いています。
これから「のるーと」はどう進化していくのでしょうか。
アイランドシティの成長とともに、「のるーと」も成長していきたいですね。ミーティングポイントの増設や、アイランドシティで働く人が利用しやすいよう企業との連携も欠かせません。ほかにも、スタンプラリーや説明会、小中学校でのバス教室などのイベントで、より地域に根差した交通手段になれたら。
公民館で説明会を開いたり、SNSで記事を発信したり。けっこう地道な活動が大事なんです。
想像よりもガチですね。地域密着度がすごい……!
そう、地域にどっぷり入ります(笑)。車両の電動化でエコな公共交通を目指し、将来的に自動運転やEV車両の導入が進めば、人の移動の課題にもアプローチできると思います。
地域密着型のサービスとして利用促進や課題解決を図るとともに、将来的には「のるーと」を福岡から世界に発信したいとも考えています。西鉄で作る「のるーと」の事例が、世界のいろんな地域に広がっていくのが夢ですね。
世界! 「のるーと」にはいろんな可能性が秘められていますね。実現が楽しみです。