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「九州MaaS」2024年サービス開始へ
グランドデザインを掲げ
官民一体の比類なき広域MaaSが始動

「九州MaaS」2024年サービス開始へ グランドデザインを掲げ 官民一体の比類なき広域MaaSが始動

2023年6月6日、一般社団法人九州経済連合会(以下、九経連)は「九州MaaSグランドデザイン」を発表。いよいよ「九州MaaS」の実現に向けた準備が進むことになる。このプロジェクトのきっかけを作った両名、西鉄・自動車事業本部未来モビリティ部長の日髙悟さんと九経連・地域共創部(JR九州から出向中)の木下貴友さんに、「九州MaaS」の過去、現在、未来を語り合ってもらった。

目次

始まりは西鉄とトヨタ自動車との協業

MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などをワンストップで行えるサービスを指す。「九州MaaS」は九州全体という広いエリアで、MaaSを官民連携で進めていく一大プロジェクトだ。実現すれば、国内最大級の広域サービスとなる。

そもそも「九州MaaS」という発想が生まれるきっかけはなんだったのか。

日髙さん
日髙さん

私が新規事業戦略担当に就いたのは2017年でした。与えられた課題は「新しいモビリティサービス」に取り組むこと。何から手をつけるべきか、情報を収集していたときに、トヨタ自動車の未来プロジェクト室に所属している方から連絡があり、西鉄を訪ねてこられました。話を聞いてみると、抱えている問題意識、危機意識が私たちと驚くほど共通していたんです。

人口減少で、確実に交通のユーザーは減少していく。また、デジタル化が進めば、人が移動しなくて済む世界への変化が加速していくのは間違いない。

日髙さん
日髙さん

トヨタさんは移動するための手段である自動車を製造して販売している。私たちはその自動車を使って公共交通を運営している。お互いに移動そのものを増やしていく施策を打ち出していかなければ未来が萎んでいく、という認識が共通していました。

過去の激しい競合を超えて

この出会いを契機に、両社は移動手段の検索・予約・決済まで一括でできるスマートフォンアプリ「my route」で協業することになる。実証実験が行われたのは2018年11月。

日髙さん
日髙さん

実際に運用してみてあらためて実感したのは、1社では迫力も、効果も足りないという事実です。「これはMaaSに取り組むすべての交通事業者に共通した悩みだろう」と考えていた時に、JR九州(当時)の木下さんから連絡があったんです。

木下さん
木下さん

忘れもしません。2019年のゴールデンウィーク直前でした。その前年、私はIT推進部の課長として、2019年から3カ年の中期経営計画の策定に取り組んでいました。MaaSという概念が広がってきた時期でもあって、新しいモビリティのあり方についても中期計画に盛り込んでいきました。そうした中でMaaSについて考えれば考えるほど、「鉄道だけでMaaSは完結するはずがない」ことがはっきりしてきたんです。

では、どこと組むべきか。答えは明白。第一にアプローチすべきは、すでにトヨタと協業して「my route」を運営している西鉄だ。ただ、両社はライバル企業。過去には激しい競争を展開したこともある。

木下さん
木下さん

1990年代の中頃から2000年代初頭にかけて、高速道路の延伸による西鉄さんの大攻勢でJR九州の売り上げが大きく落ち込んでいた時期があり、社内では毎日のように「どうやってお客様を取り戻すかを考えろ!」と言われ続けていました。実際、当時西鉄さんは脅威ではあったし、とくに上の世代には「両社が手を組むのは想像もつかない」と考える人も、少なくなかったと思います。

ライバル企業同士の歴史的提携

そうした背景を抱えつつ、西鉄の担当者を調べた木下さんは、「my route」の西鉄の担当が日髙部長だったことを知る。二人には以前、会ったことがあった上、話の通じる相手だという好感触も得ていた。ライバル企業の門を叩くというハードルが一気に下がった気がした。

日髙さん
日髙さん

対話が始まってすぐに「これまでのライバル意識についてこだわっているような状況ではない」という認識で一致しました。西鉄ではすでにバス運転士不足が深刻化していまして、実際、2018年の春は運転士が足りないという理由で、収益が上がっている路線も減便するという事態を経験していました。バスは一番ふさわしい場所に特化をして、鉄道におまかせするべきところはおまかせし、あるいは小さなモビリティとも接続していかなければならない。福岡、九州でMaaSを進めていく上で、JR九州さんとのアライアンスは不可欠だったんです。

木下さん
木下さん

アプリ一つをとっても、西鉄さんとJR九州が別のアプリを作っていたら、MaaSなんて実現しないわけです。それがお互いにわかっていたから、その日のうちに「それぞれの会社でやっていきたいことを挙げよう」という話になりました。

そして2019年10月、両社は「輸送サービスにおける連携に関する覚書」の連携を結んだ。木下さんが日髙さんを訪ねた、わずか半年後のことだった。

木下さん
木下さん

競争をやめようと言っているわけじゃありません。競争によってマーケットに価値を提供できる領域はあるし、そこは今後も切磋琢磨していくべき。一方で競争したくてもできなくなっている領域で張り合っても仕方がない。協調によってもたらされる価値が、両社、そして利用者に、大きなベネフィットをもたらすことは明らかです。

ライバル企業の会社の枠組みを超えた提携というニュースは、大きな話題となった。そして、この歴史的とも言えるアライアンスが九州MaaS構想の土台となる。

「九州MaaS構想」の誕生

実はこの「輸送サービス連携協定」が発表される前、西鉄は、九州各県のバス会社への“行脚”を重ねていた。

木下さん
木下さん

JR九州にとっては、それぞれのバス会社はやはりライバル企業でしたから、西鉄さんが一緒にドアを叩いてくれなかったら、九州各地にMaaSを広めようと思っても話を聞いてさえもらえなかったかもしれません。実際、訪問する先々で「JR九州さんと話をする日が来るなんて」と、よく言われました。西鉄のみなさんは、いわば手弁当ですから、本当によく協力してくださったと思います。

JR九州は九州全域で鉄道事業などを展開する企業だが、MaaS実現のカギは「つながり」だ。ここに九州のバス会社のハブ的存在である西鉄のネットワーク力が加わったことで、九州全域をカバーするMaaSの青写真が浮かび上がってきたのだ。

ただし、見ているビジョンは、九州全域をカバーするネットワーク。民間企業だけで立ち向かうには、世界にも類を見ない広域のMaaSはテーマとして大きすぎる。

木下さん
木下さん

「MaaSを実現する」と言葉にするのは簡単ですが、たとえばアプリを維持するだけでも大きなコストがかかります。また、私たちのビジョンの実現には、行政との連携が不可欠でした。各エリアの行政が策定している交通計画には、多くの場合、MaaSについて書かれています。自治体の交通政策といかに連携していくか。こうした課題の解決のためには、もっと大きなフレームが必要でした。そこで、2021年の秋に九経連に相談を持ちかけたのです。

またしても幸運だったのが、九経連の会長が西鉄会長の倉富氏だったこと。これまでの経緯を知り尽くし、実現した暁に九州全体にもたらされるベネフィットについて、誰よりも熟知していた人物の一人だった。九経連としても、これからの九州経済の活性化のための施策として、MaaSは格好のテーマだった。アフターコロナにおける観光の競争力向上という観点からも「九州MaaS」は避けては通れない課題であり、同時に大きなチャンスだった。

木下さん
木下さん

九経連、交通事業者、九州各県、そして九州運輸局も「九州MaaS」について熱心に関わってくださいました。「九州MaaSプロジェクト研究会」が設立され、そこでグランドデザインを取りまとめていったのです。

日髙さん
日髙さん

実現すれば人口約1400万人の規模の、国内はもちろん、世界的にも類を見ない広域、大規模なMaaSとなります。これだけ広いエリアで、スマホさえあれば、ルートが検索できて、チケットも買えて、自由に乗り降りができるサービスができれば、これは画期的です。さらに言えば、それらのデータは集積され、分析を経て施策、政策に反映される。官民ががっちりと連携した、日本に二つとないMaaSになる可能性があります。

九州MaaSが実現する未来と目の前の課題

これから九州MaaSは、2024年4月を目標にした運営主体の設立に向けて、準備を進めていく。4月から夏ごろにかけてのサービス開始。参画社局の目標は2028年3月までに60以上とし、最終的に2030年までに100を目指す。

木下さん
木下さん

まず2024年のタイミングでは九州を一つのプラットフォームの上で周遊しやすい環境ができるようになると見ています。九州MaaSという看板のもとに、各県のサービスが一つになるところからスタートですね。そのあとは参画する企業を増やしながら、エリアを広めていく一方で、フィジカルの連携を進める。今までのように一台のバスでどこの町にも、あるいはその先までも行ける、というのができる時代ではなくなっているから、やはりネットワークとして、一つのサービスとしてつないでいく必要があります。

日髙さん
日髙さん

計画としては2030年度、参加社局が100にまで広がっているイメージです。それらが提供している電車やバス、船やその他のモビリティの全情報がスマホでワンストップで取れて、ものによっては運行状況がリアルタイムに見られる。乗りたいと思えば、チケットが買えて、実際に乗り降りすると、そのデータがちゃんとたまって、次の施策に反映することができる。これが2030年のビジョンです。

木下さん
木下さん

人はコンテンツがないと移動しませんから、モビリティだけじゃなく、観光や商業といった移動の目的とも、しっかりデジタルでつながっていく。観光の情報、施設の入場券、アクティビティの予約、商業施設と交通の連携など様々なコンテンツを、生活者も、旅行者も、ワンストップでアプリから利用できるようにする。移動の目的とスマホ一つでつながれる。そんな未来を目指して、2024年からリアルにプロジェクトを進めていきます。

もちろん、課題は山積している。

木下さん
木下さん

官民共創で、それも一県ではなく、九州全域で、政令市が3つもあって、事業者もたくさんいて、それぞれに意見がある。そう、広い範囲に、多数の関係者が存在するわけです。そうした中で九州MaaSのグランドデザイン、つまり総論がまとまったことは大きい。これを実現していくための各論は、丁寧に詰めていかなければなりません。今からが課題解決のフェーズですね。

日髙さん
日髙さん

たとえば費用負担をどうするか。アプリの開発でも機能を追い求めたらキリがありません。参画している誰もが納得できる形で、適切な予算と実装すべき機能を決めていく必要があります。この「誰もが納得」という点が難しいところ。何より合意が大事だと考えていて、まさに知恵を絞っているところです。ビジョンは壮大ですが、まだ何も成し遂げていませんのでね(笑)。

西鉄は何をすべきなのか

課題をクリアするために、西鉄に期待されること、できることは何か。

木下さん
木下さん

九州MaaSを現時点まで持ってくることができたのは、なんと言っても西鉄さんがリーダーとしてバス会社と連携を図ってきたことが大きかった。また、私に言わせれば究極のMaaS商品とも言える「SUNQパス」に代表されるように、MaaSという概念が生まれる以前から、他の交通業者との連携を図ってきたのが西鉄さんです。SUNQパスは九州全域と山口の一部を運行する高速バスと一般路線バスのほぼ全線、一部の船舶が乗り放題となるフリーパスチケットですが、このサービスがスタートしたのは今から18年前ですよ。いかに先進的だったかがわかります。

日髙さん
日髙さん

私は西鉄の役割は二つあると思っています。一つは木下さんが指摘してくださった通りで、これからもバスネットワークのハブ的役割を担い続けていきたいということ。もう一つは、移動のデータを効率的に収集するシステムの実現です。いま、この点が大きな課題になっています。たとえばデジタルでチケットを作ったとしても、それを運転士さんに見せて降りるだけでは、誰がどこで使ったかはデータとして残りません。西鉄は長年、「nimoca」に事業として取り組んでいますので、アセットを持っていますし、ノウハウもあります。ICカードや、あるいは別の仕組みを採用するかもしれませんが、こうした面でも、西鉄は九州MaaSに貢献できるのではないか、と考えています。

木下さん
木下さん

西鉄は九州MaaSの実現にとって、まさに軸となる存在。これはまぎれもない事実です。これからも参画社局が一体となってプロジェクトに取り組むために、培ってこられたパワーをお借りできることを願っています。

九州の実力を爆発的に開花させる可能性を秘めた九州MaaS。日本はもちろん、世界にも類を見ない広域MaaSとして、国を、そして世界を変える起爆剤となる未来も決して夢ではない。

壮大なビジョンの実現に向けて打ち出される一つひとつの施策によって、私たちの日常がどう変わっていくのか。まずはその変化を楽しみながら、九州MaaSの成長を見守りたい。

  • 木下 貴友さん
    木下 貴友さん

    一般社団法人九州経済連合会 地域共創部 参事
    2000年九州旅客鉄道株式会社に入社。総務部人事課、鉄道事業本部営業部(観光、ICカードSUGOCAシステム・ポイントサービス導入等)を歴任し、2012年には国土交通省へ出向、経済連携交渉やインフラ海外展開などに従事。2014年に復職し、社内のIT・デジタル戦略の策定や実施を担当。2023年4月より現職。九州MaaSの準備組織の事務局を担当。

  • 日髙 悟さん
    日髙 悟さん

    西日本鉄道株式会社 自動車事業本部未来モビリティ部長
    ネクスト・モビリティ株式会社代表取締役社長
    1995年入社。自動車局配属。福岡市内路線バス営業担当、一般管理部門などを経て2017年から新しいモビリティサービスの事業開発・販売を担当。2023年より現職。

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