2018年11月より福岡市で実証実験を実施し、翌19年11月から福岡市・北九州市で本格スタートしたマルチモーダルモビリティサービス「my route(マイルート)」。さまざまな交通手段を組み合わせたルート検索で移動をサポートし、地域の回遊性を高めてにぎやかなまちづくりを目指す、MaaS系アプリの先駆けでもあります。
さらなる利便性向上とサービス拡充を目指し、企画・開発を主導するのがトヨタファイナンシャルサービス株式会社。その社内に、実は西鉄から出向している社員がいるとか?! 出向することになった理由と現在の業務について、詳しい話を聞きました。
西日本鉄道株式会社
まちづくり・交通・観光推進部 係長
※出向先であるトヨタファイナンシャルサービス株式会社 イノベーション本部 モビリティーサービスグループにおいては、九州エリアマネージャー(職位はアシスタントマネージャー)
2013年に西日本鉄道株式会社に入社、現在33歳。バスのダイヤ作成や乗車券や定期券の企画・PR、収支管理、中計策定など、幅広くバス事業に携わる。トヨタグループとの関係は、「my route」の実証実験を開始した2018年にチケット企画を担当したのがきっかけ。
トヨタファイナンシャルサービス株式会社
イノベーション本部 モビリティーサービスグループ 主幹
2008年にトヨタ自動車に入社。エンジニアとして省燃費に関するシステム開発を10年ほど担当。2018年からモビリティサービス事業を推進する「未来プロジェクト室」に異動。以降、プロジェクトリーダーとして「my route」事業に従事する。プロジェクトの事業移管に伴い、2021年より現職。
まずは「my route」がどんなサービスか教えてください。
「my route」は、独自のルート検索エンジンを使って、まちに存在するさまざまな交通手段を組み合わせた最適なルートを提示することができるアプリです。
例えば、行きたい場所までのルート検索をすると、電車や路線バス、その他さまざまな交通機関の中から最適なルートを組み合わせて教えてくれるんです。タクシーやサイクルシェア、カーシェア、レンタカーなどの予約やデジタル乗車券の購入のほか、イベント・店舗の予約や決済も1アプリで完結します。
(my routeの詳細はこちら)
現在お二人はどのような仕事を?
「my route」を展開している福岡・北九州、佐賀、宮崎、大分の由布院などの事業者の要望をヒアリングしながら、アプリ開発を進めるエンジニアチームとの架け橋のような役割を担当しています。今年度は九州でさらに展開エリアを拡大する予定なので、未展開のエリアにどんな機能やチケットを導入するか、要件定義を進めているところです。
公共交通の現場を知っている荒木さんは、開発でもすごく頼りになりますよ。例えば、アプリのデザインを変更する時も、事業者やユーザーがどう感じるのかリアルな意見がほしいので、必ず荒木さんに意見を聞くようにしています。
ぼくがいる一番の理由は、交通事業者の痛い部分がわかり、思いを知っているところ。数年前までは交通事業者側で「my route」に携わっていたので、「どういう言葉使いをしたら伝わらないか」がわかるんですよね。カタカナ語やビジネス用語が多いとダメだな、とか、いろいろ伝え方の工夫があるんです。
例えば、スマホでバスのチケットを表示する時に、「多少バランスが悪くても、バスの運転士さんが瞬時に見てわかるように日付の部分は大きくしなきゃだめ」とか。そうした感覚は私たちだけではわからないので、何事もまず荒木さんに感触を聞いてみます。こうして隣に聞ける人がいると、仕事のスピードもずいぶん速くなります。
これまで担当してきた業務のなかで、バスの運転士さんとコミュニケーションを取ることが多かったので、当時の経験が今の仕事にも大いに生かされていますね。
「my route」開発の背景にはどのような課題やねらい、思いがあったのでしょうか。
トヨタ側が実現したいのは、未来のモビリティ社会をつくること。クルマや公共交通などのモビリティを通じて移動の自由を実現することが、まちづくりにつながると考えています。西鉄さんの場合は福岡や九州がメインですが、私たちは「すべての地域の人へ」という思いと、「にぎわうまちづくりに貢献したい」という考えがあります。
「my route」において私たちが担うのは、アプリ・決済P/Fの開発・運営とトヨタが提供するモビリティサービスとの連携です。福岡・北九州では西鉄やJR九州といった地域パートナーと手を組むほか、他の地域を含めた事業者をすべて合わせると100社以上、数100人が関わっている、とても大きな事業に成長しました。
地域のさまざまな企業の皆様が「my route」という船に乗ってくださったことで、これまで関わりのなかった企業同士が交わるきっかけにもなったのではないかと思います。
西鉄側としては、福岡や九州で暮らす人々に「おでかけするきっかけ」となるアプリを作り、西鉄が運営する電車やバス、商業施設が潤うことを目指しています。また他方では、バスや電車の利用者減・担い手不足といった悩みもありました。「my route」事業の推進は、地方が抱える公共交通の課題解決にもつながります。
利用状況は好調です。今年の8月中旬の時点で、ダウンロード数は約33万。1カ月で約1万人のユーザーの増加があり、ユーザーアンケートでは全体の約80%(※)がサービスを好意的に評価してくださっています。
※トヨタ自動車2019年1月実施オープンアンケート結果(抜粋)有効回答数423件(my routeユーザー)
これまで実施したサービスや企画について、代表的な事例を教えてください。
実証実験を始めた当初から販売しているのが、24時間どこでもキャッシュレスで購入できる「バス・鉄道フリー乗車券」です。西鉄バスで言うと、福岡市内の1日乗車券だけでなく「バス福岡市内 6時間フリー乗車券」を新たに企画し、販売しました。
これまで紙のチケットでは時間単位での管理が難しく、1日券しか販売できなかったので、デジタルだからこそ実現できた企画です。販売当初は数百枚の売り上げだったのですが、今年の7月には月間で2万枚超を販売し、紙とデジタルの比率ではデジタル券の販売が90%を超えました。
デジタルのほうが紙の乗車券より100円安いのもポイントです。西鉄エージェンシーさんと企画した「スマ乗り放題」のPRなど、まさしく二人三脚で進めた成果だと実感しています。「福岡では日中移動するだけ」という利用者を逃がさず、ニーズをつかむことができたのだと思います。
「このチケットが他の事業者の見本になっている」という声も聞きます。
ちなみに、この下書きは2018年のローンチ以前に私が乗車券のイメージをまとめたイラストです。
ほぼこの通りになってるからすごいよね。それに、よく残ってたね。
好きな仕事だったから、何となく手元に残しておいたんです。
荒木さんの名刺は「トヨタファイナンシャルサービス株式会社」ですが、現在は西鉄から出向中なんですよね?
そうなんです。2018年に「my route」の事業でトヨタの「未来プロジェクト室」との協業がスタートして、今日ここにいる間嶋さんとはそれ以来のお付き合いです。そうでしたよね?
そうですね。出向前を含めると4年近く一緒に仕事をしています。
荒木さんは、なぜ西鉄から出向することになったんですか?
「my route」立ち上げ期に出会ったトヨタチームの皆さんはかっこいいビジネスパーソンばかりだったんです。資料の作り方や会議での伝え方など、すべての仕事ぶりが新鮮で、すごくレベルが高くて。
それで、いつからか自分から上長に「トヨタから学んできたい!」と度々話すようになっていました。トヨタさんへの出向は過去に例がないようで、めずらしいケースだと聞いています。
西鉄さんから出向で来ていただけるなら、荒木さんが適材だと私たちも思っていました。
両想いですね(笑)。
誰でもいいわけではないし、事業のことをよく理解してくれていることが大前提です。荒木さんが西鉄で得てきた公共交通の知識やノウハウは、私たちにはない貴重な財産なので。
そんなふうに言っていただけて嬉しいです。
出向の場合は人間関係や人脈づくりが大変だと思いますが、荒木さんは昔いっしょに仕事をしてすでに関係ができていたので、その苦労はお互いなかったと思います。会社にもすぐに溶け込んでいましたよ。部署内では「コミュニケーションおばけ」って呼ばれてます(笑)。
ははは!ありがたいことに、みなさんに昔からからすごくかわいがってもらってますね。
―西鉄との違いってどんなところ?
それ、すごく気になる。聞きたい!
朝礼が英語なのは世界企業らしいところですよね。
なるほど。
あと、「のんびりしてない」こと。あっ、西鉄がのんびりしてるって意味ではありません。客観的に見たときに、仕事のスピード感だけじゃなくて熱量もすごい。
「熱量」か。
そう。年齢やキャリアに関係なく、全員が第一線で手を動かしている。その「みんなで走ってる感」は、すごく心地良いんです。
自分たちで意識したことはないけど、そんなふうに見えてたんだね。
一度外に出てみてわかった「西鉄の良さ」も沢山あります。言い表しづらいのですが、何と言うか、西鉄の仲間って、ふわっとしていて、すごくあったかい。
同感です。コミュニケーション能力が高いことに加えて、温かみのある方が多いんですよね。
そう、それが言いたかったです(笑)。
西鉄さんは「何とかしましょう!」と前向きに考えてくださり、人を巻き込む力があるんですよね。先ほど荒木さんから「熱量」という言葉が出ましたが、私たちからみると、西鉄さんの福岡へコミットする「熱量」も圧倒的だと感じます。
働くなかで大変なことは?
バスの知識だけではなく、アプリ開発の知識や視点が必要なことです。新しく勉強したり、詳しい方に聞いたりして手探りで進めることばかりですが、楽しく学んでいます。初めて触れる言葉のひとつに「YWT」というのがあったのですが、聞いたことありますか?英語かと思いきや、なんと「Y(やったこと)、W(わかったこと)、T(次にやること)」。全部日本語の頭文字ですね。
「YWT」は、弊社ではよく使いますね。社内用語やアプリ開発の用語など、使い慣れない言葉も多いかもしれませんね。
カタカナのビジネス用語って、日本語で言えることばっかりなんですよね。そしたら「日本語でいいじゃん!」って思うんですけど、覚えたら使いたくなる(笑)。西鉄でも使っていこうかな。トヨタ用語と言えば、「面着(めんちゃく)」という言葉もよく使います。直接会って話す、対面で打ち合わせするという意味です。
社内では「めんちゃく」という表現が浸透しているんですよね。そんななか、最近西鉄さん側から「面着でやりましょう」と使ってくださるようになって(笑)。お互いの言語を使えるようになると、つながりは強くなりますよね。
今後の事業計画は?
今年度中に九州全体にエリアを拡大し、九州内の連携を強化する見通しです。大分などでの実証実験も進める予定です。MaaSの収益化に関してはまだ定石がない状況なので、トライアンドエラーを繰り返しながら成長していけたらと考えています。
これほど大きい規模でスタートアップ的なチャレンジができる機会はなかなかないので、トヨタ内においても貴重な経験をさせていただいています。
荒木さんが来てくれたように、人材交流も大切にしていきたいですよね。私たちは交通事業者のリアルな思いまではわからないので、荒木さんがしばらくいてくれたら助かるのですが……。
トヨタのメンバーとしてやりたいことは、まだまだたくさんあります。西鉄の一社員としては、これからも鉄道やバス、商業施設など地域の大部分をカバーする「福岡のおでかけ企業」としてできるサービスを提供していけたらと思います。
その一方で、デジタル化で取り残されるユーザーや不便を感じる利用者が出ないよう、誰もが使いやすいインターフェースを目指して「my route」を広げていきたいですね。