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西鉄グループが水産領域の新規事業に乗り出した。宮崎大学発のスタートアップ企業·Smolt(スモルト)との協業で誕生したのは、人気のイチゴ品種・あまおうを使った餌が与えられたサクラマス「あまおう桜鱒」。ブランド誕生の背景を取材した。
西鉄が初めて手掛ける水産ブランドが、2026年5月18日に発表された。その名も「あまおう桜鱒」。
人気のイチゴ品種·あまおう入りの餌を食べたサクラマスだ。
いったいなぜ「あまおう桜鱒」が誕生したのか?




プロジェクトを担当するのは、西日本鉄道株式会社の新領域事業開発部。企画段階から事業に携わってきた同部署の塩田昂明さんと穴田勝美さんに話を聞く。
西鉄グループは取り組むべきミッションの一つとして産業の持続的な発展を支えるビジネスモデルの構築を掲げており、以前から自社での養殖等の生産事業を検討してきた。しかし、大規模な工場の建設や生産ノウハウの確立には多大な投資と専門知識が必要なため、自社生産はそう簡単ではない。そこで出てきた選択肢が、これまでにない新しい事業スキームだった。

どうしたら生産事業に進出できるのか。社内で検討を重ねた結果、生産はプロにお任せして、自分たちが企画·販売をおこなうというスキームであれば、西鉄としても水産事業の第一歩として取り組みやすいのではないかと考えました。

水産生産のパートナーを探す中で、西鉄が出資するファンドを通じて紹介されたのが宮崎大学発のベンチャー企業である株式会社Smolt®(スモルト)だった。最初のつながりは数年前にさかのぼるが、実際にプロジェクトが動き出したのは2025年4月。Smoltから「生産委託(OEM)の形で何か新しい商品を作れないか」と提案を受けたことが出発点となった。
西鉄が新たな食ブランドを立ち上げることになった背景には、2つの構造的·環境的な課題があった。
1つ目は、水産業における価格構造の問題だ。水産品·海産品の卸値は市場価格によって決まる構造で、生産者が自ら価値をつけて高値で販売することが難しいのが現状だ。多くの生産者は地域の卸売り市場への出荷に頼っていて、価格がその日の相場で決まるため品質が正当に価格へ反映されにくくなっている。
西鉄グループがシナジーを集約させてブランド化に本格的に関わることで、高付加価値商品として市場に認めてもらい、その利益が生産者へ還元される構造を作ることを目指している。
2つ目は、世界的な気候変動によって引き起こされる課題だ。近年の海水温上昇により、従来の海面養殖では育てられない魚種が増えており、養殖できる海域が狭まりつつある。今回西鉄が協業するパートナー「Smolt」は宮崎大学発のスタートアップで、10年以上の研究を通じて病気に強く、高水温にも耐えられるサクラマスの品種を確立している。この技術は10年後、20年後の気候変動下でも継続できる養殖技術として注目されているのだ。

農業·水産業は担い手の高齢化や後継者不足で、このままでは本当に衰退してしまいます。何とか手を打てないかと、新規事業の可能性を模索してきました。西鉄は2035年度を目標年次とする長期ビジョン「にしてつグループまち夢ビジョン2035」で農水産業への挑戦を掲げています。農産物の栽培や魚の養殖に限らず、ブランド作りや販路の開拓を推進し、農水産業が発展できるスキームをつくる。それは、私たちにとって新たな挑戦でもあります。

また、西鉄グループが2015年から運営する農業法人「NJアグリサポート」では、新規就農者の増加による沿線の活性化を目指してイチゴの栽培を手掛けている。その過程で、毎年一定量の規格外品「あまおう」が発生することが積年の課題のひとつだった。
加工品としても利用できない小玉、過熟により市場に出せないあまおう、通常は廃棄となってしまうこれらの規格外品をこのプロジェクトで有効活用できる点で、農業側のフードロスなどの課題解決にも繋がっている。
株式会社Smolt®(スモルト)は、宮崎大学の研究成果をもとに設立された水産系スタートアップだ。宮崎大学で培った独自の技術により、淡水と海水を経験する過程でサクラマスの個体を代々選抜し、優れたサクラマスの家系の開発に取り組んでいる。メンバーは20代·30代を中心とした約7名。若いチームながら、スタートアップ業界での注目度は高く数々のピッチやビジネスコンテストで入賞を果たしている。
本来は北海道など冷涼な地域の魚であるサクラマスを、温暖な九州で養殖することに成功したSmolt。気候変動による海水温上昇が養殖業界の課題となる中、その技術は持続可能な養殖として国内だけでなく海外でも高く評価されている。
2026年2月には、20℃前後でも安定成長できる高温耐性サクラマス種苗を用いて、4kgのサクラマスを育成することに成功。高水温に強いかつ長期育成が可能な独自の技術は、海水温の上昇にも耐えることができる。




サクラマス養殖の工程は、川の養殖場での育成から始まり、海での養殖を経て再び川に戻すという独自のサイクルで行われる。川の養殖場で採卵·育成したのち、スモルト化(銀化変態)した状態で一度海へ放流。約4カ月の海面養殖を経た後、再び川に戻してから出荷する。その間、およそ1年半。


連携する養殖場は熊本·宮崎·長崎·山口など九州各地を中心に複数ある。今回の「あまおう桜鱒」の養殖は山口の海で実施された。
「あまおう桜鱒」というインパクトのあるブランド名。「あまおう」と「桜鱒」という異色の組み合わせは、なぜ実現したのだろうか。


「かぼすブリ」や「みかん鯛」など、全国にはフルーツと魚を掛け合わせたブランドがいくつかありますよね。ならば、私たちが手掛ける「あまおう」を使って新しいブランドを作れるのでは、と話がまとまりました。Smoltさんとのディスカッションの中で出てきたアイデアです。
しかしながら、サクラマスにあまおうイチゴを混ぜた餌を与えるのは、Smoltにとっても初の試み。まずは一部の個体を分け、餌を食べてくれるかどうかを一定期間試験。実際に食べた桜鱒の体調に影響がないかを検証した。桜鱒は最初から嫌がることなく餌を食べてくれたという。
あまおうは直接与えるのではなく、スムージー状に液化して通常のペレット(粒状の餌)に染み込ませて給餌する。

あまおうを食べた「あまおう桜鱒」。気になる変化と味わいは?

あまおうを食べた桜鱒と食べていない桜鱒を分析した結果、見た目は変わりませんでしたが、「魚の生臭さなどネガティブな匂いが減少する傾向が見られました。また、あまおう由来の成分、具体的にはいちごフレーバーの香りづけに使われる成分と同じものが検出されており、フレッシュで爽やかな香りにつながっている可能性がある」との調査結果が得られました。

実際に食べてみたSmoltさんのサクラマスが十分おいしかったので、味で勝負できることは確信していました。あまおうを給餌することでさらにその味わいにも期待が募っています。ホテルのシェフや料理人の方々の手元に届き、その魅力をさらに引き出してもらえたら嬉しいですよね。「くさみが少なくさっぱりと食べられる」と、試食したホテル関係者たちの間では好評でした。
販売時は、一尾まるごと(ラウンド)、冷凍フィレ、冷蔵フィレを用意。お客さまのニーズに合わせて対応する。

生産工程や味わいの面では商品として成立すると確信できた「あまおう桜鱒」。次の段階は、どんな商品形態にするか、どのような販路を開拓していくかの検討だ。

あまおう桜鱒は、希少性が高く、一般のスーパーに並ぶトラウトサーモンに比べると高単価な商品となるため、ホテルや飲食店への展開が妥当と考えました。そのため、商品の魅力を伝える上では「ストーリー性」をカギにしたブランディングが重要だと考えています。こうしたブランディングや販路開拓は西鉄にとって初めての挑戦だったので、手探りで検討しながらプロジェクトを進めていきました。

販路に関しては、市内のホテルや飲食店を中心に開拓している。先行展開として、6月1日よりONE FUKUOKA HOTELにて期間限定メニュー「あまおう桜鱒のマリネと柑橘ブルスケッタ仕立て(2,300円・税込)」の提供を開始予定だ。



西鉄グループとの協業により、ともに「あまおう桜鱒」を生み出したパートナー企業·Smolt。代表の上野さんに、今回の事業で苦労した点や得られた収穫について話を聞いた。
西鉄との協業の話が進む段階で、どんな魅力や可能性を感じていらっしゃいましたか?

私たちはフルーツ魚(日向夏サーモン)の養殖をしており、それを他県で展開できないかと考えていたところ、西鉄さんとのご縁をいただきました。「あまおう」というブランド力の高いイチゴと桜鱒を掛け合わせることで、単なる養殖魚を超えたストーリーのある商品ができると直感しました。西鉄グループの販売ネットワークや沿線の顧客基盤を考えると、地域の食文化に根ざした新しいブランドとして育てていける可能性も感じ、話を聞きながらわくわくしたのを覚えています。
「あまおう桜鱒」の事業で苦労したポイント、大変だった点は?

飼料への「あまおう」の配合期間と魚体への影響を見極める点です。普段魚が口にしないものを、限度を超えて与えると痩せすぎてしまうため、試行錯誤しました。また、廃棄果実は収穫時期に量が集中するため、必要量の事前算出や数量確保も大変でしたが、原料をしっかりと確保していただくことができ、非常に助かりました。
今回の協業で得られた成果や収穫は?

餌で付加価値を付けるという養殖モデルを、具体的な商品として形にできたことは大きな成果です。あまおう桜鱒という実例ができることで、私たちのアプローチが社会に受け入れられるという手応えも得られると思います。また、西鉄グループという信頼のある組織と連携することで、スタートアップとしての信頼性も高まったと感じています。事業面だけでなく、こうした組織としての成長も、この協業から得た大切な収穫ですね。
スタートとなる初年度はグループ内での流通がメインだが、将来的には西鉄ストアでの販売やあまおうブランドの知名度を生かした海外輸出も視野に入れる。グループ外のホテルへの展開も積極的に模索しており、「九州に来たらこれを食べて帰りたい」と思ってもらえるような九州ブランドとして育てていく構想だ。
そこで課題となるのが「供給量」の問題だ。

あまおう桜鱒の育成には約2年間かかるため、供給できる量は現時点で年間数百尾程度です。今年度の売れ行きを見ながら調整しつつ、次年度以降の生産体制を整えたいと思います。サクラマスの出荷時期は、通常4月から7月ごろまでの約3カ月間です。この希少性自体がブランドの武器にもなるのではとの期待もあって、供給量と価格のバランスを見ながらブランド化を進められたらと考えています。

そうは言っても、まだ始まったばかりのプロジェクトなので、まさにこれから色々と課題がでてくると思います。「あまおう」のブランド力と、宮崎大学発のスタートアップ企業の研究機関から生まれた「サクラマス」。この2つの要素をうまく掛け合わせて伝えていくストーリーが、やはり重要になってきそうです。


養殖場へ行くと、雄大な自然の景観とキラキラと輝く水面、その下で健やかに泳ぐサクラマスの様子に、本当に圧倒されるんですよ。そんな美しい場所で、手間暇をかけて大切に育てられた魚だからこそ、たくさんの方に食べてほしい。県外の方には「せっかく九州に来たのなら、九州の雄大な自然から生まれた「あまおう桜鱒」を食べたいね」と言ってもらえるようになりたいですよね。
「あまおう桜鱒」のブランド化をきっかけに、西鉄では他の海産品·農産物でも西鉄ブランドを展開したいと考えている。また、今回開拓した販路を活用して商品を扱うなど、農水産業を幅広くサポートする事業スキームへの発展も見据えている。6次化やアグリテックといった領域も含め、第1次産業を支えていく西鉄グループのあり方を模索している段階だ。

生産ノウハウも設備もゼロの状態から、1年でここまで来られたのはSmoltとの協業があったから。同じ九州の企業と一緒に九州全体の農水産品の価値を高めていける点が、この取り組みの大きな意義だと感じています。このプロジェクトを糧として、新しい事業を生み出していけたらと考えています。

全国各地から福岡を訪れるビジネス客や観光客にも届けるため、認知拡大に向けた取り組みを本格化させていく。「あまおう桜鱒」が、これからどのように広がっていくのか。また、どんな食の事業が生まれていくのか。今後の展開が楽しみだ。
もし福岡で「あまおう桜鱒」を見かけたら、ぜひ食べてみてください!

西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部
2024年よりTOPPAN株式会社より西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部へ出向。2026年4月から出向元のTOPPAN株式会社にて勤務。

株式会社NJアグリサポート
西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部(農業担当)兼務
1996年入社。2023年から現職
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