福岡で生まれたイチゴ品種「あまおう」といえば、福岡を代表する特産品だ。赤くてつやがあり、甘みと酸味のバランスが抜群。高級ブランドとして全国に出荷されている。
実は西鉄でも、福岡県の筑後地区で「にしてつ農園」を経営し、「あまおう」の栽培を手掛けている。なぜ西鉄が農業を手掛けることになったのか?栽培の現場を取材した。
西鉄の農園があるのは福岡県南部・筑後地区。西鉄天神大牟田線・八丁牟田駅から近い福岡県大木町で、ブランドイチゴ「あまおう」を栽培している。
幅7メートル×奥行70メートルのハウスを9棟有し、出荷量は年間約26トン。その量をスーパーでよく見かけるイチゴのパックに換算すると、年間約10万パックを出荷していることになる。
生産されたイチゴはJA青果パックセンターに集められ、出荷されるほか、ジャムなどの加工品にも使用されている。
筑後平野の肥沃な土と清らかな水に恵まれた大木町は、県内有数のあまおうの産地として知られている。ここで西鉄は全農と共同で、2015年「NJアグリサポート」を立ち上げた。NJアグリサポートに西鉄から出向している穴田勝美さんに話を聞いた。
福岡は今では国内外で人気の観光地で、海や山の自然に恵まれた環境のおかげで農業も盛んですが、人口の高齢化が進み、就農人口が年々減少しています。西鉄電車の沿線の筑後地区も、そうした現状に直面していました。
そんななか、農業を活性化させることで沿線地域を元気にしたいという想いのもと2015年に「NJアグリサポート」を設立しました。西鉄とJA全農による共同出資会社で、いちご栽培においては新規就農者支援を事業の軸としています。
NJアグリサポートは、毎年3名程度の研修生を受け入れている。対象者は「満18歳以上満43歳未満でイチゴ生産への就農意志のある方」「福岡県内にて就農可能な方」。
6月1日から翌年5月31日までを研修期間として、農業経営や生産技術を指導。研修生は県内トップレベルの講師陣から栽培や管理のノウハウを学び、独立に向けた農地・施設の取得や資金調達に向けたサポートを受ける。
そもそも、イチゴはどのように栽培されているのか?にしてつ農園の農場長・馬場晶弘さん(株式会社NJアグリサポート)に年間の動きを教えてもらった。
イチゴづくりは毎年6月から。最初にするのは「苗づくり」です。イチゴの株(親株苗)を植えると「ランナー」という蔓が伸び、新しい株(子株苗)が生まれます。先ずは子苗を育苗棟でしっかり成長させるところから始まります。
一方、ハウスでは土壌を消毒し肥料をまき美味しいいちごを作るための土をつくります。そして畝を立てたら、9月中旬より育苗棟で成長させた子苗を植え付けます。
定植から1か月ほど経過したら地温の維持、雑草防止のため「マルチ」と呼ばれるシートを畝に敷きます。イチゴは春の作物、23度程度を好み「マルチ」は適温維持に欠かせません。ハウス内の気温や湿度は一括管理されていますが、「マルチ」が栽培に適した地温維持に一役買っています。
本格的に成長しはじめたら、株の状態を見ながら適宜肥料を与えます。
イチゴの状態は見ただけでわかるんですか?
慣れればわかりますよ。でも、同じ条件で植えていても苗によって差が出ることもありますし、本当にひとつひとつ状態が違っています。その見極めこそが、農家の技術と経験が問われるところでしょうね。
収穫は11月中旬から。4~5回程度の収穫期があり5月下旬まで続く。収穫を終えたら株を切り取りハウスを片付けて終了。そして6月から次の収穫に向けまた苗づくりが始まる。
2015年から研修生を受け入れているにしてつ農園では、2024年6月には10期生目となる研修生を迎えていた。広く社会に貢献できそうな農業に興味を持ち、金融業界から脱サラしていちご栽培を学び、将来的には農業法人の経営を目指している株式会社アグリ・フード・サービスの井澤孝浩さん。研修に参加したリアルな声を聞かせてくれた。
関東に住んでいたころは山梨でトマトを育てたこともありましたが、家族がいる福岡に戻ることになり、県産品のひとつであるイチゴの栽培に興味を持ちました。セミナーや見学会などに参加し、県や市のさまざまな制度を活用しながら、イチゴ栽培を学び、農業法人設立の準備を始めました。
さまざまな活動に参加するなか、にしてつ農園を見学する機会がありました。その時に研修制度のことを知り、2024年6月から研修生として栽培に携わっています。
イチゴの栽培の現場は初めて?
実はにしてつ農園に来る前から、山梨県や福岡市でスマート農業等農業に関する研修を受けていました。でも、その時は週に2回ほど通うだけで、今のように毎日というわけではありませんでした。イチゴ栽培の研修も受けていましたが、これまでに受けたものとは栽培の方法も違っていました。同じハウス栽培でも、ベンチなどを使って腰よりも上の高さで育てる「高設栽培」と、土壌に近い足元で育てる「土耕栽培」の2つの方法があります。私が以前通っていた農園は前者で、にしてつ農園は後者ですね。
畑づくりや管理の仕方、作業方式、イチゴの味わいに与える影響など、さまざまな違いがあります。例えば、高設栽培なら腰より上の高さにイチゴがあるので収穫しやすいとか、土耕栽培だと土づくりは大変だけど濃い味のイチゴができるとか。
以前の現場とはまったく違っていたので、にしてつ農園での経験は私にとってはゼロからのスタートで、新鮮なことばかりでした。
もっとも大きな違いは?
驚いたのは収穫量です。イチゴ農家の場合、畑1反あたりで3トン獲れる人もいれば、6トン獲れる人もいる。馬場さんが農場長を務めるにしてつ農園は、その収穫量が平均と比べて圧倒的に多いんですよ。たくさん獲れるということはつまり、イチゴが育ちやすいよう適切に管理がされているということ。しっかりとした技術や経験がないとうまくはいきません。
研修に来る前までは単純に、福岡県北部と南部の天候の違いと聞いていました。でも、いろんなお話を伺ったり、実際に現場を見せてもらったりするなかで、それだけじゃないな、と。
もちろん、イチゴの一大産地である大木町の土壌の良さ、地域の取り組みとしてまち全体で技術やノウハウが共有・継承されていることも理由の一つだと思います。でも、それ以上に、にしてつ農園には優れた技術とノウハウがあることを研修で目の当たりにしています。
そのほか、研修で得られるメリットは?
研修生どうしのつながりも大きな財産だと思います。大木町でイチゴ農家をはじめた卒業生が定植や収穫の手伝いに来てくださるなど、研修が終わった後も交流が続いていくのは業界にとってもプラスになるし、将来農家となる私たち研修生にとっては心強い存在です。
また、農業を始めるときに大変なのは、知識や技術はもちろんのこと、何より農地の確保です。国で決められたルールがあり、通常の不動産のように簡単に売買や貸借ができるわけではないので、そこが新規就農のひとつの壁でもあると思います。
そうした課題についても相談できたり、同じ経験を持つ卒業生や同業者の方々と出会う機会が得られることも、研修に参加して良かったと思う理由のひとつです。
毎年2、3名ずつの研修生を受け入れながら、現在の10期生まで新規就農者をサポートしてきた。今後はどのように展開していくのだろうか。
これまで順調に研修生を迎えてきて、多い年は10名以上も応募をいただくこともありました。ただ、ここ最近は物価高などの影響で、新規就農を考えるにはきびしい状態が続いています。
イチゴは他の野菜や果物に比べて高単価ですが、その分投資もハウス栽培となると多額になります。なので、井澤さんのように研修に来てくださる方は、相当な覚悟をお持ちになっていると思うので、少しでもそのサポートができれば幸いです。
今後の展望について聞かせてください。
グループが発表している長期ビジョン「にしてつグループまち夢ビジョン2035」にあるように、西鉄は「食のビジネスで地域産業の活性化とブランド化」を掲げています。NJアグリサポートもその実現に向けて邁進していきます。
また、イチゴのほか、佐賀県基山町では2018年からトマトを育てています。現在は「にしてつストア」や「レガネット」、「西鉄グランドホテル」、九州道・基山PA(上り)などで販売されていますが、西鉄グループ、沿線自治体等と協力して、さらにグループ全体のブランド価値も上げていけたらと考えています。
イチゴの栽培面積もさらに広げていきたいし、新しい農作物に挑戦したり、九州の美味しい農作物を輸出したり、可能性はまだまだあると考えています。現在はまだその足掛かりの段階ではありますが、今後も新規就農希望者をサポートしながら沿線の活性化につながれば一番ですね。
株式会社NJアグリサポート
にしてつ農園 農場長
農業が盛んな地域として知られる福岡県八女郡、筑後市出身。車の整備士からイチゴ農家へ転身。イチゴ栽培歴11年。
株式会社アグリ・フード・サービス 代表取締役
金融業界出身。山梨でトマト栽培を経験後、家族がいる福岡に戻り、イチゴ栽培を学び、将来的に農業法人を設立することを決意。2024年6月からにしてつ農園の研修生(10期生)。
株式会社NJアグリサポート
西日本鉄道株式会社 新領域事業開発部(農業担当)兼務
1996年入社。西鉄ウィルアクト、西鉄ウェルネス等を経て2023年から現職。