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限定個数が毎年売り切れ!
西鉄が企画したトマトゼリーが
手に入らない本当の理由

限定個数が毎年売り切れ! 西鉄が企画したトマトゼリーが 手に入らない本当の理由

目次

入手困難と言われている「トマトゼリー」がある。その名は『基山まるごとトマト』。実は西鉄が作っているのだが、社員でも食べたことがある人はごく一部。毎年、限定個数のみの販売ですぐに売り切れてしまうというのだ。販売を手掛ける西鉄グランドホテルへ問い合わせてみた。

簡単には手に入らない幻のトマトゼリー

スタッフの方に聞くと、すでに売り切れで、在庫も、入荷の予定もないと言う。それでも、食い下がると、「佐賀にはあるかもしれない」と一軒の和洋菓子店『あびによん』を教えてくれた。

週末、店を訪ねると、こちらも販売終了。落胆していたら、「ゼリーだけのものだったら」と冷蔵庫から赤いゼリーを持ってきてくれた。本来はトマトのシロップ漬けが丸ごと1個、中央に入っているのだという。余ったゼリーだけをパックした非売品。すみません、それ、取材ということで、なんとか食べさせていただけないでしょうか!

フルーツを食べているかのような上品な甘さ

というわけで、貴重な一品を眺める。澄んだ赤色が美しい。片手で収まるほどの小ぶりな大きさ。ひんやりと食べ頃の温度のジュレにスプーンを入れる。スプーンから逃げてしまいそうなほどやわらかいゼリーは、口に入れるとするっと喉の奥へ流れていった。

最初に感じたのは強い甘みだった。いわゆる砂糖の甘さではなく、上品な甘さ。一瞬強く感じる甘みは、しかし、すぐにスッと消えていく。まるでフルーツを食べているかのようなすっきりとした後味でジュレを崩す度に果汁が弾けた。

常套句にはなるが、こんなトマトゼリーは食べたことがない。みずみずしく繊細な味わいが印象的で少し熱をもった身体を内側からひんやりと冷ましてくれた。

そしてこの大きさが絶妙すぎる。「もう少し食べたい」というところで終わるのだ。後ろ髪を引かれるような気持ちで、シェフに話を聞いていると、その美味しさの背景には、何よりまず、トマトに秘密があることがわかった。

西鉄が佐賀県でトマトを栽培!?

ゼリーの主役であるトマト。これを育てている農園が佐賀県・基山にあり、その運営を西鉄が担っている。西鉄が福岡でなく佐賀で農業? しかもトマトを? 「そんな話、聞いたことがない」という人も多いかもしれない。西鉄とJA全農が共同出資をした「株式会社NJアグリサポート」は、2015年に設立された比較的新しい西鉄グループの会社だ。

地域の就農人口の増加と就農者の所得向上、農業経営の安定化を目的にさまざまな事業を展開していて、そのうちのひとつが、2017年に開始した佐賀県三養基郡基山町でのトマト栽培である。

栽培する品種は、甘みと酸味のバランスがよく、コクのある大玉トマト「TYみそら86」と中玉品種で最高レベルの甘さを誇る「フルティカ」の2種類。近年は生産量が安定し、年間出荷量は約40トンを誇るという。

代表取締役社長の林田 安弘さんにトマトゼリーが誕生した背景を聞いた。

  • 林田 安弘 さん
    林田 安弘 さん

    株式会社NJアグリサポート 代表取締役社長

    1994年西日本鉄道(株)に入社。自動車事業本部に配属になり、最初はバスのメンテナンスを担当。現在は、(株)NJアグリサポートの代表取締役社長を務めながら西日本鉄道㈱ 新規事業推進部長を兼任する。

トマトゼリー、ゼリーだけいただきました!

林田さん
林田さん

ゼリーだけでもこの時期に食べられたのは本当にラッキーですよ。次にいつ食べられるか、私たちにもわからないんです。

ええっ!?それはどういう意味ですか。

林田
林田

あのゼリーに使っているトマトは少し形が崩れていたり、収穫量が多すぎたりしたときに発生するものだけを使って作っているんです。通常、収穫されたトマトの99%は西鉄のスーパーマーケット西鉄ストアで販売されています。

言われなければB品のトマトとは思えない上品な味わいでした……!

林田さん
林田さん

ありがとうございます。味自体はA品と変わりませんからね。そもそも少量のB品であれば週に2度の農園前の直売所で地域の方々に安価で販売しているのですが、トマトの旬に重なる春から夏にかけては、A品含めどうしても捌き切れない大量のトマトが出てしまうんですよ。

そのまま捨てるわけにもいかないですよね……。

林田さん
林田さん

ええ。例えば2022年は、ひと月の需要量を1.5トンオーバーしました。豊作なことは農家さんの技術と自然の恵みがあっての成果で大変喜ばしい反面、食べ頃のうちに売り捌けないとなるとフードロス問題になります。トマトの別の売り方を模索する中で辿り着いたひとつの答えがトマトゼリーでした。

思いをかたちにするゼリー作りへの挑戦

過去には、トマトジャムにトマトケチャップ、トマトの漬物などが試作された。しかし完成度や原価率、保存力などの壁に阻まれる。悩んでいた時にヒントになったのは、同僚から掛けられたひと声だった。

トマトゼリーという発想は?

林田さん
林田さん

私がNJアグリの社長に就任する時に、同僚である吉中さんから『にしてつ農園で育てたトマトでぜひゼリーを作ってほしい』と言われたことを思い出しました。その背景には彼女が学生時代を過ごした北海道にはおいしいトマトゼリーがあったとのことです。

なるほど! それを実現しようと。

林田さん
林田さん

ええ。トマトジャムの開発時にお世話になった『あびによん』さんに、『トマトゼリーを作ってほしい』とお願いしました。出来上がってきたものを食べるとトマトのしっかりとした風味があっておいしい。これまでの試作品に比べても比較的うまくいったと思い、いの一番に彼女に持って行ったんです。

吉中さんの反応は?

林田さん
林田さん

それが『違う。これじゃない』、と(笑)。一刀両断されました。後日、彼女が北海道から例のトマトゼリーを取り寄せてくれたんです。ひと口食べてすぐに、自分が想像していたものとは全くの別物だとわかりました。そして、このレベルを目指さなきゃいけないと確信をしたんです。

林田社長は北海道のトマトゼリー以外にも、全国の名だたるトマトゼリーを集めて試食。「あびによん」のオーナーシェフにもこれを共有して、ワンランク上のトマトゼリーを目指す挑戦が始まった。

和菓子づくりの技術を生かして

試作から完成までの道のりで、理想の味を組み立てていったオーナーシェフの梁井 雅伸さんは林田社長が各地のトマトゼリーを持ってきた日のことを振り返る。

  •  梁井 雅伸 さん
    梁井 雅伸 さん

    あびによん オーナーシェフ

    基山町で創業50年を迎える老舗和洋菓子店の3代目。和菓子職人として修行を積み、その後代表へ就任。以来、洋菓子作りも試行錯誤中。

当時の心境をお聞かせください。

梁井さん
梁井さん

試作を振り出しに戻すことになって、内心は『どうすればいいんや』という思いもありました(笑)。でも、林田社長が持ってきた北海道のトマトゼリーを食べて、すぐに『これか』と腑に落ちるものがあったんです。

と言いますと?

梁井さん
梁井さん

トマトの味がフルーティーで後味まですっきりしていました。成分表を見るとトマトの酸味を中和するオレンジジュースが入っていて、言われないとわからないレベルですが、あるとないとでは食べやすさに圧倒的な差があったんです。

最初の試作段階ではどのような味を組み立てていたのでしょう。

梁井さん
梁井さん

試作品第一号はトマトのみを使って作った濃い味のゼリーでした。トマト好きな人にはトマト本来の味わいを楽しんでいただけるものでしたが、青臭さを嫌う人からすると食べやすさに欠けていたでしょう。北海道のゼリーを食べてそこに気付かされたんです。

そこから完成までは早かった?

梁井さん
梁井さん

オレンジジュースと合わせる発想で味が一気に方向性が固まりました。トマトとオレンジジュースの割合を何度も試作して、黄金比に辿り着いたんです。これならトマトが苦手な人にも食べてもらえると感じました。

見た目も華やかですよね。

梁井さん
梁井さん

食べる時の楽しさを演出しようと、ゼリーの中にはフルティカのシロップ漬けを忍ばせました。この発想は当店で既に販売していた『桃のまるごとゼリー』からヒントを得たんです。果肉を食べても嫌な青臭さを感じず、甘さの中に絶妙な酸味があるように仕上げました。

ゼリーに使っているトマトはフルティカだけ?

梁井さん
梁井さん

いえ。外側のゼリーには、大玉トマトの「TYみそら86」を使用しています。潰して皮を取り除いたら、甘みを引き出すためにじっくりと炊き込むんです。煮込みが終わると、裏漉しをしてピューレ状態に。これをオレンジジュースに加えてゼリー液を作ります。

真ん中のトマトのシロップ漬けはどんな調理方法なのでしょう?

梁井さん
梁井さん

フルティカを湯剥きして、シロップと一緒に火にかけます。この時甘納豆を作る時と同じ手法で徐々に温度を上げていくんです。

和菓子づくりの技術も生かされているんですね。

梁井さん
梁井さん

はい。トマトの変色や煮崩れを防ぎながら、3回シロップ漬けを繰り返し、甘みを内側から段階的に引き上げていきます。

ていねいな手仕事で生まれたトマトゼリーは、約1年間の時を経て、再び吉中さんの元へと届けられる。林田社長が緊張の面持ちで見守る中、彼女は初めてにっこりとした笑顔を見せた。専務からは「これはブランドになる」と好評を受け、西鉄グランドホテルでも取り扱うことが決定する。

「基山まるごとトマト」が誕生した瞬間だった。

変わらない手づくりの味を限定販売

発売が決まった2020年7月。販売店舗は、西鉄グランドホテル内の「ル・プティパレ」と佐賀基山の「あびによん」の2カ所。税抜370円で売り出すことが決まった。まずは西鉄社内での認知を高めようと林田社長が動く。

社長自ら、手売りをされたとお聞きしました。

林田さん
林田さん

当初、市場では売り切れないだろうと思っていて(笑)。ただ、味には自信があったので、西鉄の社員の皆さんにアピールしたんです。するとみんなが応援の意を込めて買ってくれて、その口コミが広がり、翌年分の注文をしてくれるようになったんです。

徐々にファンがつき始めたのですね。

林田さん
林田さん

ええ。2021年夏には、1,500個を完売。西鉄グループのブランド力向上に貢献したとして、『まち夢ブランド 表彰2020』という西鉄グループ内の表彰で優秀賞も受賞しました。その影響もあってか、今年の夏には在庫が追いつかなくなるほど注文が殺到。供給が追いつかず、泣く泣くお断りしたことも。反響は社内のみならず、社外にも広がっています。

「基山まるごとトマト」が手に入らない本当の理由

大きな宣伝をしていないのに、固定のファンが付いた「基山まるごとトマト」は、いつしか「なかなか手に入らないゼリー」として知られるようになる。全ての注文に応えられるような量産体制を取るという手もあるが、手づくりの味を地道にしっかり売ることが大切だと林田社長は語る。

なぜ量産を選ばなかったのでしょうか。

林田さん
林田さん

ビジネスの観点から見ると、6次化商品の量産はそう簡単ではありません。また、トマトゼリーの販売はあくまでもフードロス対策の副次的な産物であり、原点を忘れてはいけないとも感じています。

なるほど。

林田さん
林田さん

そして何よりも、梁井シェフが作るトマトゼリーの手づくりの味を守りたいですね。
にしてつ農園で作るトマトを一番おいしい時に一番おいしい方法で調理してくれるのは梁井シェフだと信じています。貴重な手づくりの味を毎年楽しみにしているんです。

基山の農園で育ったトマトを、地元の老舗和洋菓子店でていねいに加工する。「基山まるごとトマト」が手に入らない理由は、人気が高まっているけれど、量産をせずに手づくりを続けているから。林田社長の熱い想いは、梁井さんにも共通していた。

梁井さん、全てを手づくりするのは大変ではないですか?

梁井さん
梁井さん

トマトゼリーを作るときは一度に約200個のトマトを仕入れて作るので、体力も根気もいります。仕込みから商品出荷まで最低でも3日はかかるんです。

それでも手づくりを続ける理由は?

梁井さん
梁井さん

おいしいものをおいしいときに食べてもらいたいから。四季を感じて旬のものが食べたくなる日本の文化ってとても素敵じゃないですか。だから毎年GWが近くなると、『そろそろトマトゼリーを作るか』という気持ちになります。

こんなに話を聞いてしまったら、フルティカが入った完全バージョンの「基山まるごとトマト」を来年はなんとしてでも食べたい。食い気味に次の発売予定日を梁井さんに聞くと、「早くて2023年の春だろう」と教えてくれた。西鉄グランドホテルで買うとホテル仕様のおしゃれな箱に入れてくれるらしい。

発売されたら、絶対に買って、手土産ついでに話してみよう。知る人ぞ知る限定ゼリーは、「Made inにしてつ」だということを。

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