「めんべい」とは何か――あまりに日常的な存在であるがゆえに、もはやこうした問いを立てる人はいないのかもしれない。一言で説明するならば、「明太子のせんべい」なのだが、このめんべい、掘れば掘るほど、深い。西鉄グループと福太郎 のコラボレーションで誕生した「にしてつ×めんべい(ナポリタン味)」の開発の流れを追いながら、めんべいのすべてを語る。
福岡を代表する定番土産として地元民はもちろん、全国区で人気を博するめんべい。年間30億円以上を売り上げる大ヒット商品だ。
レギュラー商品は「プレーン」「ねぎ」「マヨネーズ味」「玉ねぎ」「勝つめんべい(かつお)」「辛口」「香味えび」の7種類。2001年の発売から10年が経った頃から人気に火がつき、次々と新味が誕生した。そして2021年、発売20周年を記念して開発されたのが「香味えび」だ。
これだけでも豊富なラインナップと言えるが、実は「めんべい」、そのバリエーションがものすごい。
福太郎側に確認したところ、現在発売中の味は約60種。
限定パッケージを含めると、更に種類が増えるとのことだ。
なるほど、この回答、わかる気がする。コラボの相手は行政や団体、企業と実に様々だし、最近では「めんべいチップス」が発売されるなど、姉妹商品もある。
ファンとしてはうれしいことだが、開発にかかる経済的、人的コストは大きいはず。なぜ福太郎は常に新しい味を求め続けるのか。この疑問に、なんと山口油屋福太郎のトップ、田中洋之社長が答えてくれた。
めんべいの種類が飛躍的に増えたのは、「ご当地めんべい」を開発するようになってからです。私たちがなぜ、「ご当地」を大切にするか。福岡県久留米市のみなさんと企画した「くるめんべい」のケースがわかりやすいでしょう。
久留米市では収穫される柿のうち形が悪いものが一部廃棄されるというフードロス問題があった。「柿をピューレにすることで、めんべいの甘味料として使えるのではないか」――2014年、福太郎と地元の有志は見事にこのプロジェクトを成功させた。
そこから福太郎には、九州のあらゆるエリアからコラボレーションの依頼が入ることとなる。「地域独自の手土産を開発する」のは口で言うほど簡単ではない。しかし、福太郎は「地域の名産品を使い、 地域に寄り添いたい」という気持ちを持って、数多くのご当地めんべいを開発している。
現在、福太郎のウェブサイトに掲載されているものだけでも「長崎鯛めんべい」「沖縄めんべい ラフテー&シークヮーサー風味」「鹿児島かつおめんべい」「熊本めんべい(赤牛を使用)」「佐賀牛めんべい」「八代青のりめんべい」「大分めんべい」「対馬あなごめんべい」「沖縄めんべい 島唐辛子&マヨネーズ風味」「菊池めんべい[菊池水田ごぼう味]」がある。
ご当地とのコラボレーションは九州域内に限定しているそうで、現在、沖縄を含む全県でリリースを実現した。それにしても、商品名を見ているだけで楽しくなってくる。
その「楽しさ」は、めんべいが最も大切にしているところです。
ただし、一つ、気になることがある。めんべいはそもそも、博多名物である辛子明太子を練り込んだせんべい。つまり、博多のご当地菓子ではないのか。ご当地菓子の、さらに「ご当地バージョン」というのはそもそも成立するのか。それってたとえば「博多風たこやきせんべい」みたいなことになっているのではないか。
はっ、はっ、はっ。確かにそうなんですよ。でもね、おもしろいことのほうが大切。あっ、それで言うと、過去には明太子が入っていない「めんべい」もありましたからね。
???
いや、それ、もはや「めんべい」ではないのでは……。
明太子が入っていない「めんべい」。しかもそのコラボ先は辛子明太子メーカーだというから驚きだ。
博多・宗像の辛子明太子メーカー「うめ屋」は別業態として、チョコレート工房「ウメヤブレイナリー」を運営していた。そこで生まれたのが、2020年に発売された『めんべい カカオニブ入り』。カカオの風味とほのかな苦みがアクセントの大人のめんべいということだが……。
いやあ、確かに、めちゃくちゃですよね(笑)。でもね、このときにあらためてめんべいの本質的な価値を考えてみたんです。結果、それは安易にエキスやパウダーを使用せずに、「素材の味をしっかりと練り込む」というところだったんです。だから噛めば噛むほど味が出る。ここからブレることがなければ、明太子が入っていなくてもめんべいなんですよ。
実はこの「素材を練り込む」ことにはリスクが伴う。せんべいが割れやすくなるのだ。製造過程で割れてしまえば商品にならず、結果、製造原価が上がってしまう。メーカーとしてはその分、丸々、収益が減るわけだ。
福太郎は「利益を出そうとすると、お客様に損をさせてしまう」という考えをベースに持っています。味へのこだわりも強く、めんべいの開発時に工場からいくら素材を減らすように勧められても「割れないから、おいしいわけじゃない。割れてもいいから、おいしくする」と、頑として首を縦に振らなかったそうです。
明太子抜きのめんべい。背景にある福太郎のポリシーを知ると、それも確かにめんべいだと思えてくる。
めんべいの圧倒的なバリエーションを支える「ご当地めんべい」と「コラボめんべい」、実際にはどのような流れで開発が進んでいくのか。2023年7月に発売された「にしてつ×めんべい(ナポリタン味)」で流れを見ていこう。
西鉄グループと福太郎との間で協働の話がまとまり、プロジェクトがスタートしたのは、2021年11月のことだった。西鉄にはグループ会社の株式会社NJアグリサポートが運営する「にしてつ農園」で栽培するトマトで地域の皆様と6次産業化を創出するという課題があった。
糖度が高く、かつ爽やかで瑞々しいトマト、フルティカを「めんべい」で活かせないか。味の監修を任されたのが、西鉄グランドホテルなどで総料理長を務め、博多マイスターの認定をもつ塩塚哲夫シェフだ。
話をもらった時、「これはやりがいがあるぞ!」と思いました。なにせ、福岡を代表するお菓子ですから。一方でどうやってトマトの味をせんべいで表現するのか。これは難問でした。
経験豊富な塩塚シェフがこう言うのは、ある意味で「ホテルのシェフ」というその経験が邪魔をしたからだ。
最初はドライフルーツにしてチップ状でせんべいに練り込めないかとか、ブイヤベースにしてはどうか、とか、どうしても難しいほう、高級な路線に考えが向かってしまうんですね。でも、現実的には、現工場のラインで製造が可能で、ある程度は経済的で、何より大切なのが「わかりやすい」こと。それで、ナポリタンとミートソースに絞り込んだんです。
塩塚シェフが2種類のソースを福太郎に持ち込むと、試食したスタッフの面々から「おいしい!」と声があがった。そのソースを練り込んだ第1回目のテイスティング。
この時点で「おいしい」と感じました。ただ、もっとトマト感と甘味を出すべきだろうと、私のほうでソースを改良し2回目のテイスティングに。このとき、よりトマトの味わいが前面に出るという理由で味をナポリタンに決めました。
ナポリタンソースは大きく3つの工程で完成する。
(1) 「にしてつ農園」の新鮮なトマトをミキサーにかけて、しっかりと煮詰める。
(2) 出来上がったトマトピューレに、ニンニクや酢など加えてトマトケチャップにする。
(3) トマトケチャップにハム、玉ねぎ、ピーマン、マッシュルームのみじん切りを合わせて、さらにチーズを加える。
これで、塩塚シェフ監修の「特製ナポリタンソース」の出来上がりだ。
市販のトマトケチャップを使用する選択もありましたが、「にしてつ農園」のフルティカの味を活かすために、自家製のケチャップから作ることにしました。贅沢なナポリタンソースですよ。
3回目のテイスティング。これで、ほぼ、完成に近づいたとの判断から、塩塚シェフからソース製造の依頼先である工場に製造レシピが渡された。
使用しているトマトは、ソースにするにはもったいないくらいの高級なものです。この香りと味わいをしっかりと残すためにも、私が直接キッチンで作ったものと同じものを工場で作ってもらうため、「量が半分に煮詰める」と書いてもいいところを「何キロを何キロになるまで煮詰める」といったように、すべて数値で表現しました。この点が最も苦労したところですね。
工場で製造されたナポリタンソースを練り込んだ4回目のテイスティング。
良い出来でしたが、やはり私が少量で作るものとはどうしても差が出ます。その調整は福太郎さんにお任せしました。トマトジュースでさらなるトマト感を、玉ねぎで甘味を加え、私自身、心から満足できる仕上がりになりました。
福太郎の工場で完成品が出来上がったのが2023年6月。
最後に賞味期限を決めました。180日、150日相当のものをそれぞれ試食した結果、180日に微かな味の違いを感じたので、150日でお願いしました。ほんとに微妙な差なのですが、そこまでこだわってくれる福太郎さんの姿勢がうれしかったし、尊敬の念を抱きました。安全面や衛生面においても、一流の、すごい会社だと、あらためて感服しました。
そして翌7月に発売。「ナポリタン味」は塩塚シェフと福太郎の商品開発部を始め、多くのプロフェッショナルたちが、実に1年半以上の月日をかけて完成に漕ぎつけた、渾身の1枚なのだ。
めんべいが誕生したのは2001年。当時、4代目社長の山口毅氏(現会長)の夫人で、専務取締役だった山口勝子氏(現相談役)が産みの親である。
明太子は冷凍流通、冷蔵販売商品で、賞味期限も短いし、持ち運び、保存、保管も不便です。常温で日持ちがする商品の企画開発は、ずっと重要なテーマだったんです。
あるとき、「たこせんべい」を食べていた勝子相談役の頭にアイデアが閃いた。「これに明太子を加えたら、さらに美味しくなるに違いない」。思い立ったら、即行動。たこせんべいを製造していた名古屋のメーカーに連絡を取り、すぐに商品開発の協力を取り付けた。
納得する味に辿り着くまで試行錯誤の連続だったそうです。とくに素材を入れすぎると割れやすくなり、製造過程で約25%が割れてしまうことも。それでも勝子相談役は味にこだわった。
こうして完成した明太子のせんべいは、パリパリとした食感に魚介の旨み、そして明太子のフレーバーと辛味が絶妙なバランスの仕上がりとなった。
ネーミングは社内公募に当時の新入社員が提案したアイデアが採用された。「めんたい」と「せんべい」でめんべい。シンプルながら商品の特徴をズバリ言い表した、強力なワード。火消しを連想させる「め」のデザインの原案も、同社員によるものだ。
勝子相談役はよく「社内の99%は反対だった」と言いますが、大多数が反対したのは事実でしょう。よく押し切ったと思います。
ただし、売り出した当初は認知度ゼロ。売れ行きは伸びない。
勝子相談役は手紙を書くのが得意で、自ら新聞社や雑誌社など1,000社以上に、撮影用と試食用のサンプル2箱と商品に込めた思いをしたためた“熱い”手紙を送りました。結果、いくつかの媒体に取り上げられ、少しずつ注文が入るようになりました。
営業マンたちも、経営陣の熱い思いに応えてくれた。スーパーの菓子売り場ではなく、鮮魚売り場の一角をなんとか確保し、そこに「めんべい」を並べてもらった。試食販売も積極的に実施し、実際に口にしてくれたお客さまの「おいしい」を売り上げ増に繋げた。
着実に売り上げを伸ばしていためんべいにビッグチャンスが訪れたのが、発売から10年が経った2011年の春。テレビ番組で取り上げられたことが契機となって、販売数は例年の1.5倍に 。連休など観光客が動く時期は生産が追いつかないこともあった。
しかし、チャンスと同時に大ピンチに見舞われる。主原料である国産の「ばれいしょでん粉」の供給量が下がり、めんべいの製造に必要な量の仕入れが困難になったのだ。ばれいしょでん粉がなければ、工場は停止する他ない。会社の屋台骨が揺らぎかねない状況だ。
危機が迫る中、山口毅会長はたまたまラジオで「北海道の小清水町の青年団が地元のソウルフードである『でんぷん団子』でギネス世界記録に登録された」というニュースを耳にした。すぐに現地に飛んだ会長は、結果的に同町での工場建設を決断する。
もし、あの時の会長の判断がなかったら、長期の生産中止は避けられなかった。これは間違いありません。
こうして、めんべいの歴史を振り返ると、いくつかの小さな奇跡の連続が、大ヒット商品を生み出したことがわかる。
そしてめんべいが生まれなければ、当然、ご当地めんべいも、コラボめんべいも存在しなかったわけで、西鉄とのコラボ商品である「にしてつ×めんべい(ナポリタン味)」もなかったわけだ。そう、あなたが今、パリッとかじったそのめんべいは、実は奇跡の1枚なのである。
にしてつ×めんべい(ナポリタン味)は西鉄ストア、西鉄グランドホテル他で発売中。
まだ食べていない方はぜひ探してみてほしい。
株式会社山口油屋福太郎 代表取締役社長
山口県熊毛郡出身、1969年5月28日生、米カリフォルニア州立大学フレズノ校経営学部卒。トランスオービット、仏リゾートホテル・クラブメッドを経て、2005年株式会社山口油屋福太郎に入社。2019年2月代表取締役社長に就任。
株式会社西鉄ストア シニアアドバイザー
永年にわたり調理師の業務に従事し、2013年に博多マイスターに認定。西鉄グランドホテル、ソラリア西鉄ホテル福岡の総料理長を務め、現在は西鉄ストアで、シニアアドバイザーとして活動している。