西鉄が構想していた仮想空間・メタバースへの取組みが、本格的に動き出す。2023年の幕開けとともにテスト版が始動した「にしてつバース」が、いよいよ2月25日にグランドオープン※するのだ。
ネット上に生まれる新しい世界は、どんな楽しみを提供してくれるのか。そして、これからどう発展していくのか。
※iPhone(iOS)のみ
近い将来、私たち人類は1日の大半を仮想空間の中で過ごすようになる――SF映画の話のように聞こえるかもしれないが、米調査会社ガートナーは、わずか3年後の2026年までに「人類の4分の1が1 日1時間以上をメタバースで過ごす」と予測している。
メタバースとは、英語の「超越(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語で、インターネット上の仮想空間を指す。明確な定義はないが、自分の分身である「アバター」が仮想空間を歩き回ることができ、また他者のアバターと話すことができる「コミュニケーションが可能な仮想空間」と捉えればいいだろう。
多人数が同時に参加でき、実社会に近いレベルで自由に活動できるバーチャル空間として、店舗・ショッピング、旅行・観光、教育・文化、そして、デジタルツインやゲームといった様々な分野で、市場規模は年々拡大している。
昨年、"修正"第15次中期経営計画においてメタバースの活用を重点戦略として掲げていた西鉄が、プロジェクトの全体像を明らかにした。その名も「にしてつバース」。第一弾として取り組むのがメタバース上に構築する「電車・バスミュージアム」だ。
日本初の鉄道・バスのメタバースミュージアムとして、西鉄電車・西鉄バスのミュージアムをバーチャル空間に作成。車両や西鉄の社史・こだわりなどを展示し、また、電車・バスの乗車体験のようなエンターテインメントを提供する。
ミュージアムは電車とバス。それぞれの中央に車両を1台配置する。常設展示室には写真や3Dモデルが展示される。
まずは電車ミュージアムに進んでみよう。
ユーザーは「にしてつバース」に入ると(つまり、アプリやブラウザで「にしてつバース」を立ち上げると)、ユーザーのアバターが電車から降車する形でメタバースミュージアムに入館する。
車両内には自由に入ることができる。運転台にも入ることが可能で、各種スイッチを操作。車両運転席でドア開閉やワイパー、ランプの点灯などが体験できる。
鉄道車両が展示されたリアルな博物館でも運転席に座ることができる展示もあるが、たとえば「ドアの開閉」などは安全上、来場者にまかせるのは難しい。実際の博物館ではできないことが疑似体験できることは、仮想空間の大きな魅力だ。
壁面には各車両の実物大トレインヘッドを陳列。3000形、9000形、600形や観光列車(旅人、水都、THE RAIL KITCHEN CHIKUGOなど)の車両の一部を展示。横に解説パネルを配置し、車両の情報を提供する。
「常設ギャラリー」では車両、保線作業中の写真などを展示。通常は見ることのできない場所や作業風景を紹介し、同時に西鉄の安全への取り組みについて理解してもらう機会にもつなげていく。
「ミニゲーム」(※)は速度規制ルールに従って運転操作を行い、西鉄福岡(天神)駅~西鉄二日市駅間のタイムを競うというもの。シンプルだが、盛り上がることは間違いない。
※ミニゲームは後日実装予定。
次はバス展示室だ。電車と同様に、バス車内から降車してミュージアムに入館する。降車後も再度、バス車内に自由に入ることができ、乗り込んで歩き回り、気になるところをタップすると各部の機能解説を見ることができる。
運転席に座ると、ドア開閉や運賃モニターの操作、ライトをつけたり、ワイパーを動かしたりと、ここでもリアルではできないことを体験できる。
壁面にはバスのヘッドモデルが展示されている。一般路線バス、BRT(連節バス)、高速バス、福岡オープントップバスの車両の一部が並ぶ。
「常設ギャラリー」には、西鉄を題材にした漫画(「マンガでわかる!西鉄バス運転士」)のイラストなどを展示。後日実装予定の「ミニゲーム」では、点滅する降車ボタンを早押しするタイムを競う。
また、現在「にしてつバース」のデモ動画をYouTubeで公開中。まだ開発段階のものだが、今後どう変わっていくのか。
ぜひご覧いただきたい。
「にしてつバース」のもう一つの軸がNFT(Non-Fungible Token)を利用したデジタルコンテンツの販売だ。
NFTとは「代替不可能なトークン」という意味で、ブロックチェーン技術によって、固有の価値がついたデジタルデータのことだ。データやデジタルコンテンツの唯一性を保証する仕組みである。
「にしてつバース」内に「にしてつNFTギャラリー」をオープン。車両の写真がデザインされたオリジナルカードをLINE NFT上で販売する。このギャラリーでしか買うことのできない画像や動画が、驚くような高値をつける未来も十分にありうる。
プロジェクトを構想段階から進めてきた西鉄のDX・ICT推進部DX推進担当の遠井夢希さんと、徳永幸大さんに話を聞いた。
西鉄が公にメタバースに言及したのは、2022年3月のこと。2022年度の中期経営計画の社長会見の中で、林田浩一社長は「早ければ2022年度中にも実証実験を始めたい」と発表した。
その前年の秋口からメタバースが議題に上るようになりましたが、事業計画の発表段階では、具体的に何を手掛けるのかについては、ほとんど白紙の状態でした。
それでも、西鉄にとって、メタバースへの参画は重要なテーマだった。
私たち西鉄はリアル中心の会社です。電車、バス、商業、ストアなど、お客様との接点、つまりタッチポイントがたくさんあります。一方でオンライン上での接点はそれほど多くないという事実は以前からの課題だったんです。
一方で、メタバースの市場が拡大していくことは確実。しかもデジタルの世界の変化の速度はアナログに比べて極めて速い。
仮想空間で過ごす時間が長くなると、相対的にリアルで過ごす時間が減少するため、必然、我々とお客様のタッチポイントが減少します。いったいどの程度かは未知数ですが、そうした世界は、おそらく一気に訪れる。
この表現は決して大袈裟ではない。事実、SNSはあっという間に浸透し、いまや多くの人がそこに多大な時間を割いている。SNSが登場した時に、いったいどれくらいの人がこの状況を想像できたろうか。
仮想空間も例外ではない。内閣府の調査によると、高校生の46%が平日1日あたり5時間以上インターネットを利用している。これから短期間のうちに、多くの人が、長い時間を過ごす場所として仮想空間に流れ込むことがあっても、決しておかしくはないのだ。
そのときのために、私たちは準備をしておく必要がありました。ただ、何からスタートすべきかは、なかなか難しい問題だったんです。
検討段階では様々なアイデアが議論のテーブルに乗った。たとえば「バーチャル天神」。福岡最大の商業地である天神をメタバースとして構築するという案だ。
莫大な投資がかかるのに対して、いったいどうやって収益を上げていくのか。見通しが立ちませんでした。
街を作るならば『バーチャル・ニューヨーク』でもいいわけで、オリジナリティが薄いし、価値を生み出すのが難しい。
あるいは、2021年末に閉園した遊園地「かしいかえん」をネット上に再現するバーチャル「かしいかえん」も有力な案だった。
アーカイブすることに意義はあると思いますが、訪れた方に何を提供すべきなのか。いかにマネタイズして運営を続けるのか。その壁は高かった。
事実、現状、メタバースで収益を上げているケースは、ゲーム以外ではほとんどない。では、どこでバリューを出していくか。
いくつもの企画を同時並行で検討していく中で、西鉄グループのメインコンテンツは電車 やバスであることを再認識することになりました。
ミュージアムであれば、日本中から鉄道、バスのファン、西鉄ファンに訪れてもらうことができます。たとえば、北海道在住の方がメタバースで西鉄の電車やバスに興味を持ってくださり、それをきっかけに福岡を訪れてくれるかもしれない。この企画ならばバーチャルからリアルへの誘客を促すことができるし、ファンの拡大につなげることで価値が創造できると考えました。また、子どもたちにも電車やバスは人気です。そういった面でも広がりがあると考えています。
NFTでのグッズ販売も含めても、ミュージアムというプロジェクトが単体で採算を取るのは簡単ではないが、リアルへの誘客が見込め、グループ価値の向上につながる点が評価されたのだ。
ミュージアムはオープン後、状況を見ながら、随時、進化させていく。オープン時には入ることができないが、すでに企画展示スペースが作成されていて、ここで様々なイベントを企画していく方針だ。
将来的には既に引退した過去の車両を展示することも検討しています。実際に運転していた運転士さんのコメントも提示したりとファンに喜んでもらえる空間にしたいと構想中です。
さらに機能面も高めていく。
当初は『あらし』を避けるためにアバター同士はハイタッチなど、アクションができる程度のコミュニケーションに限定しますが、将来はリアルな音声でやりとりができるように改修していきたいと考えています。本物の運転士にアバターとして参加してもらい、電車やバスについて解説してもらうイベントが開催できたら楽しいな、なんて夢は広がります。
いずれは電車・バスだけでなく、西鉄の他の事業、たとえば住宅や都市開発と共同のイベントを実施するなど、いろんな活用法が考えられます。
そして、もちろん、メタバースはミュージアムだけにとどまらない。これまで実施には至らなかったアイデアも、継続して検討していくことで新しいプロジェクトへと昇華させていく方針だ。
「にしてつバース」はどこまで広がりを見せるのか。その未来をイメージするためにも、まずは嚆矢となるミュージアムをぜひ訪れてみてほしい。
西日本鉄道株式会社
DX・ICT推進部 DX推進担当
2019年入社。入社以来DX・ICT推進部でDX推進に関する業務に携わる。担当したデジタル戦略推進委員会での新しい観光推進に関する取り組みや新技術を活用した取り組みを担当。
西日本鉄道株式会社
DX・ICT推進部 DX推進担当
2020年入社。DX・ICT推進部働き方改革担当として、RPAやAIチャットボット等による業務効率化・自動化やRPAの社内教育を担当した後、DX推進担当としてAWSの活用や、ビーコンマーケティング、メタバース等の新技術活用を担当。