西鉄天神大牟田線開業100周年を記念して、4月と5月のそれぞれ3日間、劇団「ギンギラ太陽’s」が『天神ビッグ・バン!バン!バン! bom.9 「100周年だよ!乗りモノ全員集合」』を上演する。作・演出を手がける大塚ムネトさんに作品の見どころを中心にインタビューした。そこで、浮かび上がった、劇団と西鉄との意外な「深い縁」や鉄道100年の歴史とは?
1997年の結成以来、独自性の高い作品で愛され続ける劇団「ギンギラ太陽’s」。地元福岡をテーマに、役者がデパートや商業施設、乗り物などの「かぶりモノ」を着ることで擬人化。徹底した事前取材をもとに描かれる脚本は「人間が登場しないヒューマンドラマ」と評されている。主宰の大塚ムネトさんは、西鉄天神大牟田線の開業100周年に合わせて、3年ほど前から作品化を前提に取材を進めてきた。
大牟田線が走る場所は、2000年前に「古代の方々が港から太宰府に向かったルート」と重なっています。そこで「古代の港から始まる、壮大な輸送のモノ語り」も検討しましたが、今回は短編集なので、「線路がつながる思い」にテーマを絞りました。
物語の軸を生み出したのが、新駅の開業と春日原変電所100周年だった。
実に14年ぶりとなる新駅「桜並木駅」が誕生することを知って驚きました。もともと100周年に合わせた計画ではなかったのに、地元の皆さんの要望と西鉄の方々の思いが一つになって、この時期に重なるという、このすごい偶然に運命を感じました。それに、開業する新駅の近く、春日原変電所も100歳を迎えることがわかって。となれば、これは間違いなく長老役だな、と。
関係者に話を聞きながら、少しずつ物語の流れが固まっていった。
取材していていつも思うのは、西鉄の現場の方々が、「お客様のために、より快適であること、より安全であること」を追求されている姿です。そんな西鉄のみなさんの思いは登場人物のキャラクターづくりやセリフの一つひとつに反映されています。
新作の公演を終えた昨年12月から年明けにかけて、本格的に脚本を執筆。ギンギラ太陽’sではいくつかの短編作品を上演する形式を「ライブ」と呼んでいる。今回はこのライブ形式となるが、言わば「連作短編」であり、通して観ると、全体で大きな物語となる趣向だ。
たくさんの取材の中で、とくに大塚さんの心を動かしたのが、春日原変電所だった。
まるで神聖な教会のように圧倒的な存在感のある建物の外観に見惚れました。春日原変電所が100年間365日、ずっと現役で、利用するお客様を支えてくれている。取材で得たこの事実から、今回の舞台では「毎日お客様を運ぶ電車を、元気に応援して支える電気長老さま」として登場させることにしました。
2005年に発生した福岡県西方沖地震を、変電所が乗り越えたエピソードも、大塚さんを刺激した。
今思えば、何の根拠もなかったんですが、僕自身、「福岡は地震の心配はないだろう」と、ずっと思っていました。しかし、何かあってからでは遅いということで、1990年代にしっかり耐震対策を取って、建物を補強していたと聞いて、西鉄の「安全を守ることへの信念と決意」を感じました。
物語は高架線工事の途中で謎の埋設物が出てきて、新駅の開設が延期されてしまうところから始まる。
新駅君が自らの誕生が遅れることを嘆いているところに、長老、春日原変電所がやってきて、自らが生きてきた100年に比べれば、2年くらいすぐだと諭すんですが、新駅は自分なんてどうせ各駅停車の駅だしな、とすねてしまいます。
見かねた長老は各駅停車の駅であっても、そこを利用する人の人生に大きな影響を与えることを教えるために、新駅を西鉄大牟田線が開業した100年前、1924年に連れていき、さらに新駅の姿を急行電車に変えて大牟田線を経験させるのだった。
ギンギラ太陽’sの作品は基本的にコメディであり、「かぶりモノ」が象徴するように笑いが中心だ。一方で脚本には史実が盛り込まれ、徹底した事前取材なしでは知り得ないエピソードやトリビアがふんだんに盛り込まれる。
以前、映像関係の人に、「大塚さんの取材は、ドキュメンタリー制作のそれと同じだね」と言われたことがあります。実際、たくさんの方に話を聞いて、そこから物語を組み上げていくので、限りなく現実なんだけれど、それを笑って泣けるエンタメにするところが、ギンギラとしてのがんばりどころだと思っています。
地元の百貫店や電車やバスといった乗り物のことは誰でも知っている。観客として「自分の知っている世界」が展開されることは、物語に入っていくきっかけになるという利点がある。一方で表面的な情報だけだと、それ以上の興味は湧かない。
「地元ネタでウケるのは簡単だろうから楽でいいね」と言われることがあるんですが、とんでもない! それぞれのキャラクターに歴史、たくさんの人の思いといった「奥行き」を作るために、必死で取材をするんです。劇中、各キャラは一人称で語りますが、実は集合体なんです。
一つのキャラクターが実は集合体……大塚さんは春日原変電所を例に、その意味を説明してくれた。
取材を通して、春日原変電所が操業した100年前のことを調べると当時の人たちの思いがわかる。戦後、改修工事に関わった人たちの苦闘を追体験する。現在、実際に働いている方々のお話を聞いて、その奮闘ぶりに感心する。そうしたたくさんの人の思いが集まってくると、ある時点から、キャラクターが頭の中で実像になって、最後には「ワシが生まれた時は……」「戦時中はなぁ……」などと語り始める。ここまで来たら、「ああ、これくらいで取材を終えていいかな」とわかるんです。だから各キャラは一人であり、同時に一万人でもあるんですよ。
なるほど、キャラクターは個人であり、組織であり、建物それ自体であり、しかも、あらゆる時代、その時に存在した人や思いである――。
現場でお話を聞いた方が「自分は新入社員から20年以上、変電所に関わっているが、何事もなかったことが一番です」と言われていたことに感動しました。「毎日安全に運行していること」は、確かに当たり前のことです。でも、その当たり前を支えるたくさんの方々がいる。何か問題が起きると怒られるけど、当たり前なことに対してありがとうとは、なかなかなりません。現場の方も「これが仕事ですから、当たり前ですから」と言われます。僕は、この「鉄道の安全を守ることに、人生をかけて頑張ってくれている方々がいること」に胸が熱くなるんです。
こうして大塚さんが捉えた様々な人たちの思いが、あの「かぶりモノ」によって具現化されると、不思議なことに観客はそのファンタジーにあっさりと同意してしまう。これが大塚さんの脚本の、そしてギンギラ太陽’sの演劇のマジックであり、オリジナリティなのだろう。
実像やセリフを生み出すキャラの核となるものが「のれん」と呼ばれているものなのかな、と思う時があります。時代ごとに関わる人は違っても、思いが繋がっているから、それが伝統になり、企業や組織、建物や商品の哲学になっていく。そんな一貫した何ものかを取材の中で探しているでしょうね。一つのキャラには複数の人格、歴史、エピソードが宿るだけに、同一性を保つのは簡単じゃない。お客様はキャラのことをよく知っているわけで、少しでもぶれちゃうと、「こんなキャラじゃないよな」と思われてしまいます。この点も地元ネタの厳しさですね。
3月の頭には、取材の締めくくりとして、オープン前の桜並木駅と、春日原変電所を実際に訪ねた。
ストーリーはすでに出来上がっていましたが、取材時に伺った話も脚本に反映させました。たとえば、高架線となった春日原駅のホームからは、春日原変電所の屋根がちょっと見えるだけです。その風景から「電車が見えなくなってちょっと寂しいけど、頑張る電気長老さま」という場面を思いつきました。
また、変電所と新駅を取材で訪問していた時、すぐ上空を「福岡空港へ降りようと旋回する飛行機」が通過したことがアイデアのきっかけになった。
本当に真上で、それが印象的だったので、「高架線で新駅が誕生する場面に、お祝いで飛行機が降りてくる」というエピソードを追加しました。高架線に飛行機が着陸なんて現実ではありえませんが、これが「ギンギラのモノ語り世界」の楽しいところです。ほかにも「H3ロケットなど、ありえない方々」が、桜並木駅の誕生をお祝いに登場します!
大塚さんはかぶりモノの造形も担当する。
その意味でも現場に行く意味があるんです。写真資料は何度も見ていますが、実際に行って、建物に触れて、その存在を肌で感じてから製作に入るんです。変電所のかぶりモノはまさに今、製作しているところです。
西鉄はこれまでバスや電車、運営する商業施設など、たびたびギンギラ太陽’sの「ネタ」になってきた。実は両者の関係は長く、そして、深い。大塚さんが「地元ネタ」と「かぶりモノ」という現在のスタイルを生み出したのは、「第2次流通戦争」と呼ばれるほど、天神の開発が激しい頃のことだった。活気に溢れる街を歩いている時、ふと「この建物たちを擬人化してみてはどうか」とアイデアがひらめいた。
なんの許可も取らずに、建物とか会社を擬人化しまして、とくに西鉄は「ソラリアデビル」なんて悪役っぽい名前にして、その手下として「西鉄バス軍団」がいるという設定。それで、上演し始めるとすぐに西鉄からお呼びがかかったんです。ああ、これはまずい、と(笑)。
当時、西鉄本社があった福ビルのエレベーターの中、大塚さんの心は暗かった。叱られるんだろうな。やめろと言われても仕方ない。ところが、勧められた椅子にかけた瞬間に、投げかけられた言葉は、想定外の一言だった。
「あれ、おもしろいね」と言われたんです。きょとんとしますよね。しかも、「今度、新しい駅ビルにホールができるから、そこでやりませんか」って。この一件があって、西鉄ホールがギンギラ太陽’sの「ホームグラウンド」になったんです。あの時、否定されたら、これまでの四半世紀にわたる演劇人生はなかったかもしれない。
実はこれまでギンギラ太陽’sに対する企業や商業施設からのクレームはゼロなのだそうだ。
逆に「なんでウチは出てないんだ!」とお叱りを受けたことはあります(笑)。次回の公演からすぐに登場させました。実名を出して、勝手にやっているのに、怒られないどころか、応援してもらって、育てていただいた。「これが芸どころ福岡の『受け止め力』だな」といつも感謝しています。
ギンギラ太陽’sの演劇を体験すると、誰にも起こる現象がある。上演後、会場を出ても、物語が続いてしまうのだ。
これを「ギンギラ目線」と呼んでいます(笑)。さっきまでステージの上で喋っていた建物や乗り物が、実物大で目の前にあるわけですから。たとえば西鉄電車の気持ちがわかっちゃう。「そうか、そうか。おまえもがんばっているんだなぁ」みたいな感じで(笑)。一度、その目線が身につくと、街を歩くたびに物語の続きを観ている感覚になれます。
まだギンギラ太陽’sを観たことがないという方、あるいは演劇自体に縁がなかった方、ぜひ今回のライブに足を運んでほしい。全編で約1時間というのも気軽だし、短編集なので、劇団のいろんな魅力を感じられるからだ。それでいて、ちゃんと「ギンギラ目線」は手に入る。
今回はなんといっても100周年のお祭りなので、歌あり、踊りあり、笑いあり、感動ありで、わいわい楽しい作品に仕上がっています。そして見終わった後、きっと乗り物や自分たちが暮らすこの街について、詳しくなっているはずです。知らないより、知っていたほうが、ずっと豊かだと思うんです。西鉄天神大牟田線・西鉄貝塚線開業100周年を一緒にお祝いしましょう!
大塚ムネトさんは、今回の脚本制作のため、西鉄の14年ぶりとなる新駅、桜並木駅にも潜入取材していた!その様子はこちらから!
https://fukuoka-leapup.jp/city/202403.27162
1965年4月11日生、福岡県小郡市出身、福岡大学附属大濠高校卒。在学中に演劇部に在籍し、本格的に演劇活動を始める。1997年ギンギラ太陽’sの主宰に就任して、作・演出・かぶりモノ造形・出演・宣伝美術まで一手に担う。