2003年度の着工から約20年、総事業費は1,000億円超という全国でも指折りの大規模プロジェクト「西鉄天神大牟田線連続立体交差事業」。そのハイライトとなる切替工事が、2022年8月27日(土)から28日(日)にかけて実施された。
終電と始発の時刻は調整するものの、前後の運行は通常通り。しかも、工事に入れるのは終電通過後から始発までの約9時間だけ!
その間にすべての工程を完了して試運転を終えるって、ものすごく大変じゃないのか?!
いったいどんな工事が行われたのか、エヌカケル編集部が完全密着取材を敢行!
工事の全貌をレポートする前に、概要について簡単におさらいしよう。高架化工事は福岡県・福岡市が主体となって2003年度から工事に着手。高架化される区間は、雑餉隈駅から下大利駅までの約5.2kmだ。
福岡の中心部・天神から離れたこの区間は、古くから住む地元の住民やファミリー層などでにぎわうエリア。
車やトラックの交通量が多く、周辺住民はこの区間の交通渋滞に長年悩まされていたが、高架化工事で全19カ所の踏切を撤去。「開かずの踏切」による交通渋滞解消が期待されている。
さらに、2023年度には雑餉隈―春日原間に新設される「桜並木」駅が開業予定だ。新たなまちの風景ができ、暮らしやすくなるのはうれしいけど……。高架化でなくなる踏切や使わなくなる線路のことを思うと、ちょっぴりさみしい気もする。
そんな思いを抱えて迎えた、8月27日(土)。西鉄史上にも残る歴史的な瞬間を目に焼きつけようと、エヌカケル編集部は現場へ向かった。
8月27日(土)、晴れ。福岡市内の気温は18時の時点で28.2℃、湿度64%。秋の訪れを感じる晴天に恵まれた。
19:30 雑餉隈駅到着
地上の線路での運行はこの日が最後。駅を降りると、車両やホーム、踏切などを撮影するたくさんの人を見かけた。家族連れで線路や踏切を見守る地元の人々とも大勢すれ違う。名残惜しいよね、わかるわかる!
20:00 雑餉隈連立切替箇所本部
高架化される5.2kmの区間のうち、西鉄福岡(天神)駅に近い高架化の起点を「雑餉隈切替部」、下大利駅に近い終点を「下大利切替部」とし、それぞれに仮設事務所が設けられていた。
エヌカケル編集部が最初に向かったのは、西鉄天神大牟田線とJR線との交差部に近い「雑餉隈切替部」。線路脇のスペースに設けられた「雑餉隈連立切替箇所本部」で、工事のスタートを見守る。
取材に入るメディアが待機できるのは本部のすぐそばの空きスペース。普段は絶対に入れない場所だ。あまりはしゃいではいけないと思い、冷静な様子を装っていたけど……実はテンションは上がりっぱなし!
20:30 所長訓示
総勢130人ほどの施工関係者が集合し、「雑餉隈連立切替箇所本部」の所長を務める西日本鉄道株式会社鉄道事業本部施設部・雑餉隈連立工事事務所の大鶴慎一さんが工事開始にあたる訓示を行った。
「長い年月をかけて準備を進めてきた高架化切替工事。無事に試運転を迎えられるよう、いつもどおり安全第一で。しっかりコミュニケーションを取りながら、計画に沿って工事を進めましょう」(大鶴所長)
工事は大きく「軌道」「信号通信」「電力」に分けられ、それぞれの管理担当者からもひと言ずつあいさつが。この後、担当に分かれて各々の持ち場につく。
21:00 ミーティング、人員・機材配置
各担当ごとに、工事に必要な道具を現場に運び入れ、スケジュール通りに工事がスタートできるよう人員がスタンバイ。
21:30 土のう撤去
工事は主に「軌道工事」と「鉄道電気工事」に分かれている。「鉄道電気工事」はさらに「電力工事」「信号通信工事」と2つに分類され、電力工事では電車線・き電線に関わる作業を、通信工事では列車用の信号機の設置や踏切装置等の調整確認試験を担当する。
軌道工事では上下線で、線路に敷かれた土のうを取り除く作業が始まった。土のうの中にはバラスト(線路に敷かれている砂利)が入っている。限られた作業時間の中でバラストを撤去しなければならないため、手作業で素早く撤去できるようあらかじめ土のうに置き換えられていた。
手で土のう袋のひもを解き、使えるバラストは再利用する。けっこう手間がかかりそう!
22:49 線路閉鎖
最終列車となる柳川行き普通電車を見送り、線路を閉鎖。停電した状態で、いよいよ本格的な切替作業へと進む。
22:50 肩バラスト・土のう撤去
土のうの撤去に合わせて、線路の周囲に敷き詰められたバラストも取り除く。くわのような道具や手で作業を進めるのは、かなり骨が折れそうだ。
23:28 電車線・信号線 停電
28:38 電車線検電・接地機取付
23:40 レールの切断・回転・移動
工事はいよいよ大詰めへ。土のうやバラスト、マクラギの移動後、既存の切替部分の線路を切断。流用できるレールは回転させ、向きを変えて動かす。
レールをガスで切断・冷却した後、「山越(やまこし)機」と呼ばれる機械でレールを移動させる。何十人もの作業員が集まり、掛け声に合わせて人力でレールを動かしていく。すごい迫力!
「山越(やまこし)機」とは、レールの保線作業に使われる機械。走行車輪を取り付けたチェーンブロックは手動の巻き上げ式で、動かすと走行桁の上をブロックが移動し、レールを吊り上げた状態で移動できる。
この間、電力・信号通信工事も並行して進む。
工事後の仮線。ついさっきまで、ここを列車が走っていたんだな……。今後は撤去され、市道として整備される予定とのこと。
0:50 信号線試送電
1:50~2:50 架線の切断
架線を支える金物などを外して準備が整った後、架線切替のために撤去が必要な200mほどの電車線を切断し、一気に地面へ落とす。新しい架線のための金具を取り付けた後は、電車のパンタグラフが適切に設置できるよう、線の高さや張力など細かな調整を進める。
竹製のはしごを使用するのは感電防止のためとのことだったが、作業現場は線路から5.5m以上あり、竹がしなるほど高い。あんな高所で緻密な作業をするなんて、作業員の方は本当にすごい……。
高架上での工事と並行して、地上では踏切の撤去が進められていた。写真は、雑餉隈切替本部に最も近い「三筑公民館」前の踏切。車道や歩道の停止線も、撤去と同時に塗り替えられていた。
2:50 下大利駅へ移動
深夜2時50分。「雑餉隈連立切替箇所本部」から下大利駅に移動。翌朝からの業務にあたるため、駅務室の引っ越し作業が夜通し続いていた。
改札機や券売機もお引越し。あるべきものがなくなった旧駅は、なんだか不思議な光景!列車が走る前の線路に降り、ちょっぴり興奮。
3:30 春日原連立切替箇所本部(下大利切替部)へ移動
下大利切替部では、雑餉隈切替部と同様の手順で線路関係・電気関係の工事が進められていた。この時間帯に行われていたのは、線路の整備や架線の回収・調整。試運転に向けた各所との連絡・調整で、本部の動きも活発に。
5:00 線路作業終了
5:30 電力作業終了
5:40 電車線検電・接地機取外し
5:45 電車線送電
5:50 線路閉鎖解除
6:00~7:05 試運転
線路閉鎖解除後、上下線2本ずつ試運転列車を走らせ、問題なく走行できるか最終チェックをする。作業員さんたちはすでに仕事を終え、つかの間の休息といった雰囲気。
始発列車の到着が待ち遠しくて、ドキドキ、そわそわ。定刻が近づくにつれ緊張感も漂うなか、エヌカケル編集部は撮影のため線路脇にスタンバイ。
そして待ちに待った、6時14分。
試運転列車が下大利切替部に入ってくる。車両は天神大牟田線の主力車両・5000形。「西鉄」と言えば、やっぱりこのカラー!
新しくなった線路を走る列車を見ると、なんだかうれしくて胸が熱くなってきた……。列車通過後、隣にいたエヌカケル編集部メンバーと拍手&小さくバンザイ!
別の編集部員は運転室から試運転の様子を撮影しました。
無事に上下線2本の試運転を終え、いよいよ始発列車。きっとたくさんのお客さまが到着を待ちわびているはず。
7:32 下大利駅に始発列車が到着
下大利切替部を離れ、下大利駅へ移動。改札前には人だかりができ、子どもからお年寄りまで幅広い世代が始発列車を迎えるために、新しい駅舎に集まっていた。
7時20分過ぎ、新駅で改札をオープン。そして7時32分、切替後初めての始発列車となる福岡(天神)駅行きの急行列車が、下大利駅おなじみのカーブを曲がってホームに入る。
ホームでは多くの利用客やファンがスマホやカメラを構え、高架化初となる始発列車を写真におさめていた。なかには小さい子や小中学生もいて、ホーム中に微笑ましい光景が広がる。
やっぱり、西鉄電車っていいなぁ。
長年にわたって計画され、現在も進行中の西鉄天神大牟田線連続立体交差事業。この大きな事業は、数多くの施工会社の連携と協力があってこそ成り立つものだと、あらためて実感した取材だった。
今回の取材・撮影にご協力いただいた関係者のみなさま、ありがとうございました。お疲れさまでした!