2020年5月に開業した「ソラリア西鉄ホテルバンコク」に続き、同じタイ・バンコクで2024年9月9日にオープンした「西鉄ホテルクルームバンコクシーロム」。「ソラリア」よりもカジュアルなブランドである「CROOM(クルーム)」が海外に出店するのは今回が初めて。西鉄のホテルブランドの海外事業について、詳しい話を聞いた。
2020年5月に開業した「ソラリア西鉄ホテルバンコク」があるスクンビット地区から、約6キロの場所にあるシーロム地区。ここにオープンした西鉄2軒目となるホテルが、2024年9月に開業した「西鉄ホテルクルームバンコクシーロム」だ。
高級ショップや商業施設が立ち並ぶ商業のまち・スクンビットに比べて、シーロム地区は数多くの企業が拠点を構えるビジネスのまち。日系企業も多いオフィス街だ。
とは言え、繁華街でもあるので多くの観光客が行き交うエリアでもある。ホテル周辺は平日でも夜遅くまで観光客や若者でにぎわっている。
こうしたエリア特性をふまえてオープンしたのが、西鉄のホテルブランドのなかでもカジュアルなクラスの「CROOM(クルーム)」だった。
2012年に開業した韓国・明洞(ミョンドン)に続き、韓国・釜山(プサン)、台湾・台北、タイ・バンコクと出店を続けてきた西鉄。5店舗目となる出店地を既存店のあるバンコクに、しかも「CROOM(クルーム)」ブランドでの出店を選んだ理由は何だったのか。
タイ・バンコクに西鉄がまず最初に進出したのは、2020年5月に開業した「ソラリア西鉄ホテルバンコク」。市内でも指折りの繁華街「スクンビット地区」の中心部に位置している。バンコクを走るBTSアソーク駅直結、MRTスクンビット駅にも徒歩3分という抜群の立地だ。
クラスとしては4つ星ホテルに数えられ、宿泊金額は1泊1名(2名まで)4,000バーツ(約17,000円)から。ラグジュアリー感ある客室やルーフトップバーなどに加え、日本語が話せるスタッフが常駐している点やホスピタリティ、清潔感といった「安心・安全」なポイントも選ばれる理由だ。
現在は高い稼働率をキープしているが、その道のりには困難もあった。開業したのはコロナ禍の真っ只中。開業後しばらくはイレギュラーな状況が続いたが、現在客足は順調で、ここ最近は稼働率8割以上をキープしている。日本人客がもう少し戻ればさらに忙しくなると見込んでいる。
そんな状況のなかバンコクで2号店の出店を決めた理由は?
新規出店を計画するのは、数年先を見越して新しい仕掛けを行うことになります。西鉄ホテルクルームバンコクシーロムの開発プロジェクトを開始したのはコロナ渦前の2019年秋、2020年にはソラリアバンコクの開業を控え、新たな仕掛けを行おうとするものでした。新たな国に進出するよりも効率がよく、近いエリアでも異なるマーケットがあり勝ち目のある戦略が立てられると考え、バンコクに2号店を出店することとしました。
西鉄の知名度は世界的に通じるものではありませんので、海外での出店でもまずは日本人のお客様をベースにしていくことを考えます。バンコクは福岡から直行便が出ているくらい日本人の渡航者が多く、「ソラリア」で築いたノウハウを基盤にドミナント的展開(地域を特定し集中した店舗展開を行うこと)でネットワークを広げていけたらと考えたものでした。
「クルーム」にした理由は?
バンコクは同一都市における複数出店の海外初のケースとなります。そのため、社内のホテル間で同じお客様を取り合うようなことにならないようにブランドを変え違いを明確に打ち出すようにしました。ソラリアのあるスクンビット地区とは特性が異なるエリアで、新しいターゲット層を狙えそうだったこと。また、シーロム地区のホテルマーケットは高級ホテルと安宿のようなホテルとの2極化の構造になっており、その中間のカジュアルクラスのホテルが少なく、ポジショニング的にもクルームブランドがまさに合致したからです。
想定したターゲットの半分は、ビジネスで数日から数週間滞在する日本人出張客。そのほか、リーズナブルで安心な旅を好む若い世代にも利用していただきたいと考えました。
開業に向けて2019年秋から準備を始めた「西鉄ホテルクルームバンコクシーロム」。アソーク地区の「ソラリア」内に準備室を設け、約5年をかけてようやく開業を迎えた。もとは23年に開業予定だったが、コロナ禍の影響で計画は予定から約1年遅れに。開業までには数々の苦労があったと言う。
そのひとつが、客室構成の見直しを含む、2度にわたるプラン変更だった。
客室は全6タイプありますが、当初はもっと少ないタイプで開業する予定でした。コロナ後のお客さまのニーズの変化を受けて、プランの見直しを図ったのです。結果、さまざまな部屋タイプを設け、滞在の目的により細かくフィットする方向に舵を切ったのです。
ホテルの敷地の形状も工夫した点のひとつです。大通りから奥に入った細長い敷地で、奥行きは120メートル、建物幅は最も広い場所でも約13mしか取れませんでした。そのほか、法的にもさまざまな制約があるなか、1部屋あたりの面積をなるべく広く取り、効率的で快適な設計をめざしました。
現地で開業準備を進めてきた総支配人の宮内立哉さんは、さまざまなポイントで「クルームらしさ」を追求したと話す。
朝食会場となるレストランを直営にしたのもユニークなポイントです。「ソラリアバンコク」ではパートナー企業と連携して運営しているので、バンコクでは初めてのチャレンジとなりました。
どんな点が大変でしたか?
店舗デザインやメニュー構成、食器や備品の準備など、店づくりに関するあらゆることを進めなければなりません。最も重要なのは採用でした。ホテルで過ごす時間において「食事」はかなり大切なので、お客さまに満足いただけるよう腕利きのシェフを見つけました。
料理長を務めるのはタイ人のモニカさん。味覚とセンスが抜群で、ラーメンやカレー、筑前煮といった福岡の味も、見事に再現してくれました。
現地の味わいを知ってもらうために、研修で福岡に派遣し実際にいくつかのお店をまわったんですよ。おかげで、日本人のお客さまにも満足していただける味になったと思います。
デザインは「クルームカラー」であるオレンジ色を基調として、カジュアルで親しみやすい印象に。館内はビジネス利用に便利な機能が数多く盛り込まれている。
全6タイプある客室には、すべてのタイプにデスクを設置。「スタンダードプラス」には「集中席」が設けられていて、デスクワークにぴったりだ。
また、橙レストランは朝食後にリモートワークスペースに。電源が確保できるカウンター席やテーブル席のほか、打ち合わせや会議で使える貸会議室も設置した。
カジュアルに使える「クルーム」ならではのサービスとは何なのか、開業に向けて徹底的に考えました。例えば、ホテルの顔となるスタッフが身に着ける制服。ホテルと言えばネクタイやスーツのイメージが一般的ですが、お客さまに「旅先の家」のように温もりを持った安らぎを感じていただき、くつろいでお過ごしいただけるようクルームではジャケットを羽織らずシャツスタイルとし、靴もスニーカーを採用しました。
また、接遇面でも親しみのある接客を心掛けたいと思い、スタッフ各自にニックネームを決めてもらい、名札に名前を記しています。好きな日本の漫画の登場人物の名前を付けているスタッフもいるんですよ。また、従業員間でも良い関係性を築けるように従業員同士も親しみを込めてあだ名で呼びあっています。だから私も「マイケル」と呼ばれてるんです。
ルームウェアやランドリーケースなども、タイらしいオリジナルを用意した。
環境へも配慮し、各フロアにウォーターサーバーを設置し、オリジナルのタンブラーで飲料水を注ぐスタイルに。
こうしてさまざまな側面から「クルーム」らしさを追求し、より自由度の高い滞在を楽しんでもらえるよう工夫を重ねていったのだった。
「クルーム」開業時に現地で採用となった総支配人の宮内さん。以前は国内の鉄道系ホテルや外資系のラグジュアリーホテルに勤め、東京やベトナム・ハノイなど国内外で経験を積んだ。そんなマイケルさんが西鉄にやってきたきっかけは「人の縁」だったと言う。
それまでは福岡に行ったこともなく、西鉄と関わりがあったわけではなかったのですが、とある知り合いが縁をつないでくださり、「クルーム」の総支配人として働くことになりました。
総支配人を社外から新たに採用するのは初めてで、宮内さんのこれまでの経歴が素晴らしかったので、当社の社風に馴染んでくれるものか私もチームもけっこう不安に感じていたのは事実です。しかも、採用の最終面接はオンライン。
「いったいどんな方なんだろう?」と思っていましたが、いざ画面上でお会いしてみると、こんな感じで気さくな方(笑)。「この方となら一緒に頑張れそうだ」と安心しました。
そう思っていただいて良かったです。入社して感じるのは、西鉄のみなさんの人のよさ。さらに言えば、西鉄に限らず福岡の人々のやさしさを強く感じています。
西鉄や福岡についてはまだまだ知らないことがたくさんありますが、知らないからこそできるチャレンジもあると思っています。開業後も現地のスタッフたちと力を合わせて、よりすてきなホテルに育てていきたいと考えています。
長﨑さんと宮内さんのほか「クルーム」に携わるのは、株式会社西鉄ホテルズ開発技術本部の部長を務める権藤裕輔さんだ。福岡市博多区祇園の「クルーム」立ち上げに携わった。「クルーム」開業に向けてはバンコクと福岡とを行き来しながら準備を進めてきた。
バンコクに来た回数を数えてみたら、前部署から通算してなんと33回でした。業務が大詰めの時は、夕方にバンコクに来てその日の深夜便で福岡に帰るなど、今考えるとタイトな出張もありましたね(笑)。それもいい思い出です。
海外との仕事に携わってよかったことは?
ホテルの開業となると、現地の国の法律や慣習など、日本とは違うルールがたくさん存在します。予定通りに進まないのが当たり前の世界なので、臨機応変に考え、対応することが求められます。
なかなか進まないと思っていたら、急に話が前進したりチャンスがめぐってきたりすることもあります。だからこそ、いつでも動ける準備をしておくことが大切だと実感します。仕事のスピードやプレゼン力、説得力など、グローバルな舞台だからこそ身に付く能力もたくさんあると思います。改めて、国内外にネットワークを持つ西鉄では、さまざまなことに挑戦できる機会があると感じます。
今回オープンした「クルーム」が軌道に乗れば、同都市でのドミナント展開のモデルケースにもなり得る。「クルーム」に続く西鉄6店目のホテルは、次はどの都市にオープンするのだろうか。
直近の出店予定はまだありませんが、「クルーム」の業績が順調に伸びていけば、バンコクにもう1軒、あるいはすでに出店した他の都市でのドミナント展開もあり得るでしょう。特に、ソウルや台北などは福岡からも近く、事業成長の余地が大いに見込める場所。お客さまのリアルな声からニーズをくみ取りながら、効果的な出店戦略を立てていきます。
次に海外にできるのは「ソラリア」か「クルーム」か?新たな動きがあったらまたエヌカケルでも取材します!
NNR Hotels International(Thailand)Co.,Ltd.
代表取締役社長
1997年、西日本鉄道株式会社入社。現都市開発事業本部を経て2008年よりホテル事業を担当。2012年ホテル事業部計画課長、2017年に西鉄ホテルズ取締役。ホテルレジャー事業本部 開発部長などを経て、2022年より現職。
NNR Hotels International(Thailand)Co.,Ltd.
「西鉄ホテル クルーム バンコク シーロム」総支配人
1964年、オーストラリア・メルボルン生まれ。国内外を行き来しながら過ごし、1988年に東急ホテルチェーンに就職。料飲部門、営業部門、予約、フロントを経験後、東急ホテルズニューヨーク営業所、本社販売部を経て「キャピトル東急ホテル」国際セールスマネジャーに着任。海外戦略構築なども担当した。その後、2017年に「アスコット丸の内東京」総支配人として転職。2019年、ベトナム、ハノイにある同系列の「サマセットウェストポイント」総支配人着任。2023年6月より現職。
株式会社西鉄ホテルズ
開発技術本部 部長
2005年、西日本鉄道株式会社に入社。人事部労務課、自動車事業本部業務課、西鉄バス北九州出向、人事部人材開発課、住宅事業本部計画課、海外事業開発部を経て2020年4月よりホテル事業部にて新規案件の開発を担当。2023年4月より業務はそのままに㈱西鉄ホテルズへ出向。