福岡の中心街・天神地区で福岡市が主導している都市再開発プロジェクト「天神ビッグバン」。その主要事業のひとつとして2016年7月にリニューアルオープンしたのが、天神の東側にある「水上公園」だった。
さらに西鉄は、その南側「天神中央公園」内にある「旧福岡県公会堂貴賓館」を含むエリアの再整備にも着手。両公園を「東のゲート」と位置づけ、にぎわいづくりに取り組んでいる。開発はどのように進んでいったのか。各担当者に話を聞いた。
西日本鉄道株式会社
天神開発本部 福ビル街区開発部 課長
2006年入社。経理部配属。2010年より都市開発部門に異動し、計画、ビル管理業務に従事したのち、2014年より開発担当として、エリマネ団体事務局、開発プロジェクトを担当。2022年より現職。
西日本鉄道株式会社
都市開発事業本部 営業部 ソラリアプラザ 副館長
2010年入社。2013年から3年間の広報課配属以外は都市開発部門に所属。
商業施設の管理や販促企画・福ビル街区開発・東京駐在担当などを経て、2021年より現職。
ソラリアプラザ・SHIP'S GARDEN・HARENO GARDENの運営管理を担う。
西日本鉄道株式会社
天神開発本部 天神みらい戦略部 課長
2005年入社。人事部配属。2007年より天神コア等、商業施設管理部門を担当。2012年より開発担当として、賃貸マンション、PFI案件、天神地区の開発事業に携わる。2度の育休も経験。
水上公園にある「SHIP'’S GARDEN」や天神中央公園内の「ハレノガーデン イースト&ウエスト」の現在の姿を見ると、近くで働く人々や観光客が行き交う光景が、当たり前のように広がっている。
しかし、それ以前はどうだったのか? 水上公園と言えば、「風のプリズム」のモニュメントが象徴的だ。一方、「ハレノガーデン イースト&ウエスト」側は「旧福岡県公会堂貴賓館」のイメージはあったが、その他のエリアはどういうふうになっていたのか……。
さかのぼって資料を探して見ると、今の様子とはまったく違う景色で驚きを隠せなかった。
こんな感じだったのか!
西鉄はこれらのエリアをどのような視点で捉え、開発を進めていったのか。担当者に話を聞きながら、天神エリアのまちづくりについて考えてみる。
2016年、「博多祇園山笠」がフィナーレを迎える7月15日。対岸の天神エリアでは、新たなランドマークが誕生した。九州一の繁華街・中洲と天神をつなぐ橋のたもとにある水上公園「SHIP’S GARDEN(シップスガーデン)」である。
この場所が公園として整備されたのは、今から約100年前、1924(大正13)年のことだった。昭和天皇ご成婚の日に記念公園として開園。
2015年2月、福岡市は「都心のシンボル的空間として整備されているものの、利用者が少なく十分に活かされていない課題がある」として、水上公園の再開発事業者を公募した。
複数の事業者が手を挙げるなか、西鉄もその一者としてプレゼンテーションに参加した。西鉄は水上公園が抱える課題をどのように分析し、どんな戦略を立てたのか。事業に携わった西日本鉄道株式会社の福見美和さんに話を聞いた。
水上公園は天神と中洲の間に位置し、水辺に囲まれています。当時の上司(福ビル街区開発部・花村武志さん)は、海に向かって突き出した三角形の地形が「パリのセーヌ川に挟まれたシテ島のようだ」と言っていて、パリに負けないような魅力的な水辺空間をつくっていこうと、チーム一丸となって息巻いていました。
プロジェクトに取り組むにあたり、まずは川との向き合い方について研究を始めた開発メンバー。天神には那珂川や薬院新川が流れているが、これまであまり「川」に目を向けて都市計画がなされていないことに着目した。
さらに、世界の川沿いや水辺のまちの事例について調べることに。フランスセーヌ河岸のパリ・プラージュをはじめ、ドイツベルリンのシュプレー川やベルギーのブルージュの運河の取り組み、大阪や東京の水辺を活かしたまちづくりの先進事例も参考にしたと言う。
国交省などが官民連携で進めていた、全国の「ミズベリング」のメンバーともつながった。水辺に恵まれた環境を地域の資源として生かすミズベリングの活動を目の当たりにして、天神は水辺という素晴らしい資源を持っていながら、十分に活用できていなかったのではないかと考えた。
この公園の開発をきっかけに、福岡・天神でも川や水辺を楽しめる文化がつくれたら、天神の新しい景色になるかもしれないと考えました。訪れる皆さんに水辺を楽しんでもらいたい。そんな新たな過ごし方のきっかけになる施設になればいいと思っていました。
水上公園は天神駅から約300mの距離がある。地下通路もつながっていないこの場所まで、人々に「わざわざ」足を運んでもらわなければならない。目的地として認識してもらうためには、何をつくらなければならないのか。
そもそも天神エリアでは「休憩できるスペースが少ない」「イスやベンチなど座れる場所がほしい」といった声がよく聞かれていました。水上公園を人が集まる公園にしたいなら、座れる場所をたくさん作ればいいと考えました。
また、天神では「買い物や食事以外にすることがない」という声も耳にします。水辺や公園というスペースを使って、新たなアクティビティを生み出す拠点になればいいなと考えました。
「都心の水辺」というシンボリックな空間を生かしたデザイン性の高さやテナント誘致も、「行ってみたい」と思ってもらうための重要なポイントであると考えました。
こうして課題を整理した結果、「高質な空間形成」「多様な過ごし方を提案する公園」という提案の軸が決まった。
建物のイメージは「世界へ漕ぎ出す、水上の船」。水辺のロケーションを最大限に生かした空間を目指した。
メインとなる建物は、三角形の地形を生かした設計に。限られた敷地を有効に活用するために、建物の屋根部分を公園として開放できる連続性のある設計が特徴だ。
水上公園は二つの川と大きな通りに挟まれたオープンな空間です。敷地は周囲全てから見られる立地なので、裏を作らないように配慮しました。
三角形の独特な形状を生かして、公園と施設が融合した空間を目指す計画です。
公園全体の配置を考えるにあたり、重視したのは「座れる場所をたくさん作ること」。シンボル的なモニュメント「風のプリズム」そばのスロープの先にはステージを。その周囲を勾玉型のロングベンチがぐるりと包み込み、水と緑、風を感じながら休憩できるようになっている。
建物側においても1 階の外周部や 2 階のテラス、そして屋上。水辺や公園など眺める方向や対象を変えながら、屋外空間のあらゆる場所に座れる場所をたくさんつくりました。計画の段階で、どのスペースに実際何人座れるのかも数えたんですよ(笑)。
屋上には人工芝や木陰をつくるためのタープを張って、居心地よく休憩できる工夫をしました。BGMを流し、Wi-Fiも完備しています。
水辺でSUPを楽しむ人や、公園で音楽を楽しむ人。はたまた、屋上デッキでヨガやフラを楽しむ人……。この1枚の施設の完成イメージ図にも、開発担当者の想いが込められていた。
建物の設計時から「使われる」ことを具体的に想定しながら進めていきました。建築パースに「どんな空間でどんなことをして楽しんでもらいたいか」というアイデアを書き足していったのがこのイラストです。
もともと建築物のイメージを確認するためのパースとして作成したものですが、書き足していくうちに開発メンバーの想いが詰まったイメージイラストが完成したので、そのまま広告用のチラシやホームページに流用しました。
こうして誕生した「SHIP’S GARDEN」。多様な過ごし方の提案として、どんなテナントが入っているかは重要なポイントだ。
テナントの選定ポイントは以下の3つ。
①水辺のシンボリックな空間を生かし、上質な時間を提供すること。
②知名度が高く、店舗の魅力で集客が可能であること。
③西中洲でイメージされるディナーを楽しむ大人向けではない、「公園」の施設としてオールターゲット(子どもやシニアでも)が安心して来店できる店舗であること。
「SHIP’S GARDEN」のテナントの条件を整理した時に、これは絶対に有名なオーストラリア発のオールデイカジュアルダイニング「bills(ビルズ)」がぴったりだと、チームで意見がまとまりました。
当時は関東でしか出店実績がなく、神奈川・七里ガ浜や東京・お台場など、海の見えるすてきな場所に出店を厳選されているようでした。オーストラリアからビル・グレンジャー氏にお越しいただき、この場所であればと出店を決めていただきました。
そして2階には、地元福岡でミシュランガイドに掲載された人気中国料理店「星期菜」に新ブランド「星期菜NOODLE&CHINOIS」として来ていただきました。
「bills」はオーストラリアの店舗も手掛けたデザイナーが内装を担当した。
照明や家具など、一つひとつに洗練と美意識、billsらしさを感じました。テラス席のグリーンの選定は特にこだわりのポイントで、独特の感性が発揮されていました。季節になると花咲く「ふじ」は日本らしいイメージですが、billsのインテリアにマッチして素敵です。
「星期菜」は、本店は担々麺などの本格中華を楽しめる店舗ですが、こちらでは水面の景色を眺めながらコースを楽しめる特別な個室をつくっていただきました。
どちらの店舗もこの場所の魅力を最大限に生かしたお店作りをしてくださって、うれしかったです。福岡を代表する名店だと思います。
「SHIP’S GARDEN」の名の通り、屋上の展望スペースは、船のデッキをイメージしたデザインだ。コンセントも備えつけられているので、イベント利用も可能。これまではフラやヨガ、映画上映などのイベントが開催されている。
また、公園側のステージもテント固定が可能でDJイベントが開催されたことも。川ではSUPの大会なども実施されており、その様子は「SHIP’S GARDEN」から楽しむことができる。
天神のまちに新しい過ごし方をもたらした「水上公園」。西鉄はこの実績をベースとして、続く「天神中央公園西中洲エリア再整備事業」を手掛けていく。
福岡県営の天神中央公園は、総面積3.1haのオープンスペース。敷地はアクロス福岡前のエリアと西中洲のエリアに分かれ、西鉄が再整備にあたったのは後者の敷地である。那珂川の左岸に位置し、明治通りを挟んで向かい側は水上公園、川を挟んで対岸側は清流公園、薬院新川の向い側にはアクロス福岡があり、豊かな水と緑に囲まれた場所だ。
その中心にそびえ立つのは、国指定重要文化財の「旧福岡県公会堂貴賓館」。1910(明治43)年に開催された「第13回九州沖縄八県連合共進会」の来賓接待所として建てられたフレンチルネサンス様式の木造建築で、往時の華やかな雰囲気を今もなお色濃く残している。
このエリアの再整備計画について課題となったのは、立地が良く多くの人が通行しているにもかかわらず滞在時間が短いことだった。水辺や緑を感じながらくつろげるスペースや、昼夜を通した観光スポットとしても機能する空間が求められていた。
福岡県は公募設置管理制度(Park-PFI)を導入し、民間事業者のノウハウを活用してカフェやレストランなどの飲食機能を有した施設の設置を計画。計画・設計から工事までを含む業務を担う民間事業者の募集をスタートした。
再整備事業の申込期間は2018年6月8日から7月6日までの約1カ月間で、計画の提出期間は7月9日から8月3日の約1カ月間。この短い準備期間で西鉄はどのように準備を進め、事業者決定に至ったのか。西日本鉄道株式会社の天神開発本部・福ビル街区開発部の日宇悟史さんに話を聞いた。
水上公園の事例と同様に、民間事業者に対するサウンディング(※)は公示前のおよそ半年前に実施されていました。その頃から私を含めて3名ほどで準備を進めていましたが、それでも準備期間は限られています。西鉄のノウハウを生かしつつ、いかに求められる条件に見合った提案ができるのか、急ピッチで準備を進めました。
※サウンディング……事業発案段階や事業化段階での情報収集を目的としたヒアリングのこと
該当するエリアは天神の「東のゲート」と言えるエリアで、天神から舞鶴公園・大濠公園へとつながる「緑のネットワーク」の起点だと考えることができる。また、天神と博多をつなぐ「天神ビッグバンの奥座敷」として整備される西中洲の中核エリアであり、キャナルシティ博多からウォーターフロントエリアへ続く川の軸線上の起点でもある。
エリアの特性を分析し、広域的視点で将来イメージを固めていった結果、天神中央公園の西中洲エリアの重要性をあらためて認識することができた。
さらに、当該敷地には以下の3点の課題があった。
①入りづらい雰囲気がある
②水辺の魅力を感じにくい
③貴賓館を十分に生かせていない
これらに対して西鉄が導き出したのは
①まちにひらく
②水辺に開く
③貴賓館を魅せる
という開発の方向性だった。
そこから「ひとときの杜」というコンセプトを定め、
■「福岡らしさ」をテーマに、人々が日常的に交流を楽しむ「交流拠点(ひと)」
■自然(ひととき)を感じらえる都会のオアシス
■天神と博多、貴賓館の「歴史(とき)」をつなぐ新たなシンボル
の3点を軸として、天神と博多、西中洲を結ぶ滞在型の新たな交流拠点を目指したのだった。
地元企業を中心として設計、施工、維持管理などを担当するコンソーシアムを組み、公募に臨んだ。
明治通り側の入口はスロープに改修し、敷地内は見晴らしの良い開かれた空間に。中心にはロングベンチと植栽に囲まれた貴賓館がシンボリックに建ち、敷地内外から姿が美しく見えるように設計されている。
実は「イベント企画」は、県からの公募時に求められていない、西鉄としてのプラスアルファの提案でした。でも、これをイメージしておかないとがないと日常的ににぎわいをつくれない。整備後も人々が行き交い、地元の人々にも愛される場所にしたかったんです。
商業施設の運営やイベント企画など、長年天神のまちづくりに携わってきた西鉄の強みを打ち出した提案となりましたが、結果としてはそれが県のニーズに合致したのだと思います。
西鉄だけでなく、西鉄グループを含むコンソーシアムのメンバーが週に1度のペースで集まり、ミーティングを開く。各自のノウハウやまちづくりへの想いを共有しながら「自分たちがつくりたい公園」を模索して、提案書にまとめていった。天神で培ってきたまちづくりのノウハウと人脈を最大限に活用した、西鉄ならではの方法だと言える。
食のまち・福岡にふさわしい魅力的なテナント誘致も提案のポイントとなった。テナント選びについて、日宇さんに尋ねてみた。
東京や大阪から人気店を誘致するよりも、地元の人気店が集積し、地元の人々が集まってそのにぎわいが波及して、観光客も足を運んでくれればと考えていました。朝食から夜のバータイムまで、昼夜・年齢を問わず人を呼び込める業態が求められていたので、カフェ・コーヒー、バル、創作料理、パンなど、多彩な業態を集めました。
食の都・福岡の魅力を体験し、再確認できる場所を目指し、掲げたのは「FUKUOKA FOOD LIFE MANUFACTORY」というコンセプトだった。福岡で絶大な人気があるベーカリー「pain stock(パンストック)」(福岡市東区箱崎)を筆頭に、コラボすることになった「COFFEE COUNTY(コーヒーカウンティ)」(久留米市通町)。さらには「三原豆腐店」(福岡市中央区西中洲)といった人気店が顔を連ねた。
テナントの核となり、集客の呼び水にもなる「pain stock(パンストック)」の出店が決まったのは大きかった。ただ、「出店場所や業態の確定までは時間がなく、一筋縄ではありませんでした」と、日宇さんは当時を振り返る。
当時の状況を回想しながら、日宇さんは関連資料を束ねたファイルから1枚の手書きの紙を取り出した。
提案作成の大詰めの段階で、テナント計画に大幅な変更が発生しそうな「ピンチ」も訪れた。その時、チームメンバーの一人このプロジェクトに掛ける想いを1枚の紙に落とし込んだという。
最初に見た時は驚きました。まさかそんな特技を持っていたなんて今まで知りませんでしたから。中央に書かれているコピーを読むと、それまで話し合ってきたチームの思いが、言葉とイラストにまとめられていました。
これが「FUKUOKA FOOD LIFE MANUFACTORY」というコンセプトの、まさしく原点です。まだ形になっていない未来がこの一枚で可視化され、チームがあらためてひとつになったと感じました。
2018年9月から翌19年7月までの間に工事を進め、同年8月9日に「HARENO GARDEN EAST&WEST(ハレノガーデン イーストアンドウエスト)」としてグランドオープン。天神の東の玄関口として、開業からにぎわいを見せた。事業終了は2039年8月。20年にわたる管理運営の歩みを始めたばかりだ。
「事業者としてにぎわいづくりをするなかで、見えてきた新しい課題もある」と、管理・運営を担当する西日本鉄道株式会社都市開発事業本部・営業部の北野誠一さんは語る。
夏は暑く、冬は寒い。当たり前のことですが、気候の影響は想定以上で屋外スペースやテラス席を生かしたい私たちにとっては大きな課題です。また、海や川から吹き込む風も強く、木の葉がすぐに通路に滞まってしまうので、維持管理には屋内施設以上に気を配る必要があります。
「SHIP’S GARDEN」の屋上デッキには通常タープを設置していますが、風が強い日には撤去しています。天候面での弱点を克服できれば、もっとたくさんのにぎわいを創出できるはずです。
また、「HARENO GARDEN」のオープン後には新型コロナウイルスが流行し、福岡を訪れるインバウンドや国内観光客の数が大幅に減少した。現在は回復傾向にあるが、衛生面での安心を担保した管理運営やイベント企画も今後の課題のひとつだと言える。
私たちが主体となってイベントを企画することも大切ですが、目指したいのは市民参加型の空間であることです。「ここでイベントを開催したい!」と手を挙げてくださる方がいれば、力の限りサポートしたい。そのための仕組みを整えることも、私たち管理運営側の重要な役割だと認識しています。
「SHIP’S GARDEN」の展望デッキは本当に気持ちの良い空間です。随所に仕込まれたスピーカーからはBGMが流れ、夜は素敵な照明も。恋人同士で語り合うもよし、飲み会後にひとり酔いを醒ますもよし、たくさんの方々に天神のロマンチックなスポットとして活用してもらいたいです。
こうした施設の管理運営は10数年単位の長期間にわたります。私たち社員は数年で担当が替わることが多いのですが、担当者の想いを引き継いで次の世代へつなげていくことが大事だと実感しています。
携わる人々の想いをつなげ、まちづくりに貢献する。その姿勢は、現在進行中の「(仮)福ビル街区建替プロジェクト」にも息づいていると言える。水辺を生かしたにぎわいが生まれた「東のゲート」。次に開発を手掛けるのは、福岡のどのエリアになるのか? 西鉄のまちづくりはこれからも続いていく。
■撮影協力:「bills 福岡」「Au Bord d'’Eau Fukuoka (オ・ボルドー・フクオカ)」