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西鉄一優しいアナウンスの運転士
鈴木さんが運転するバスに
丸一日、乗って名言を集めてみた

西鉄一優しいアナウンスの運転士 鈴木さんが運転するバスに 丸一日、乗って名言を集めてみた

福岡・西鉄バスに「オリジナルのアナウンスが心に染みる」と噂の運転士さんがいる。鈴木さんは知る人ぞ知る、マイクパフォーマーなのだ。実際にそのアナウンスを聞くために、鈴木さんが運転するバスに「丸一日」乗ってみた。

目次

  • 鈴木 崇弘 さん
    鈴木 崇弘 さん

    西日本鉄道株式会社 博多自動車営業所 運転士
    2004年入社。赤間営業所や博多自動車営業所で運転士として勤務。現在は路線バスのみならず、高速バス路線や福岡オープントップバス、BRTにも乗務する。

まずは鈴木さんのアナウンスを聞こう

2022年11月8日に、実際に鈴木さんが運転するバスに乗り込んで録音したリアルなマイクパフォーマンスの音源だ。先に断っておくが、これは「福岡市内を走る、ごく普通の路線バスでのアナウンス」である。

鈴木さん
鈴木さん

また、鈴虫の音色やキンモクセイの香りが秋を運んでまいりました。今度のお休みの日には「小さい秋」を見つけにお出かけされてみてはいかがでしょうか。

結果から言えば、取材の間、このレベルのアナウンスが頻出した。いや、もっとすごいのも聞くことができた。

はたして、西鉄バスの運転士・鈴木さんとは、いったいどんな人物なのか。そして、なぜこのようなパフォーマンスを思いつき、実行するに至ったのか。

鈴木さんと出会った夏

鈴木さんのことを知ったのは、本当に偶然だった。2021年の暑い夏の日、鈴木さんが運転するバスに、たまたま乗り合わせたのだ。そのときのことを、SNSに投稿したのがこれだ。

コメント欄に寄せられた感謝のメッセージ

この投稿には普段の何倍もの「いいね」がついて、コメント欄も賑わった。一部を抜粋すると

昨年のクリスマス、次男の病院帰りに西鉄バスに乗りました。
気が滅入る中、クリスマスにちなんだメッセージにほっとしたことを覚えています。
降車時、息子たちに連節バスのペーパークラフトまでいただきました。
サンタさんは西鉄バスにいました笑。
「降車ボタンどっちが押すか問題」で息子たちがもめていた日のこと。
長男が押し、次男が号泣した際に「もう一回押していいよ」と
再度押させてくれた運転手さんもいました!

こんな感じで、共感のメッセージが相次いだ。西鉄バスで素敵な体験をしている人は多いのだなと、あらためて気づかされた。


ああ、鈴木さんのアナウンスをもう一度聞きたい。別のバージョンも味わってみたい。そして、鈴木さんのことをもっと知りたい。

とは言え、もちろん偶然乗り合わせる可能性は極めて低い。ただ、こちらには取材という手がある。意図的に乗るしかないだろう、鈴木さんのバスに。しかも、丸一日をかけて、たくさんの鈴木節を採取しようじゃないか。

バスに向かって深々と一礼

高速バスやオープントップバス、BRTも運転する鈴木さんが、路線バスに乗車する日を調べてもらった。

鈴木さんが所属する博多営業所は東京行きの夜行バスやBRTがあるので、選抜された運転技術の高い運転士が集まっているんだそう。


その日、2022年11月8日、まずはバスの出発地点である博多営業所に赴く。出勤は6時40分だと聞いていたので、その10分前に先乗りしたつもりが、すでに鈴木さんはバスの中にいた。

鈴木さん
鈴木さん

今日ですか? うーん、6時前には来ていましたね。

ちょっとはにかんだような笑顔。まだ暗い、日の出の前から、鈴木さんの1日はスタートするのだ。

丁寧な点検を終えた鈴木さんは、バスの前面に周り、深々と頭を下げて、バスにお辞儀をした。バスに対して「今日もよろしくお願いします」と心で唱えているのだという。

秋空を愛でる鈴木さん

この日、鈴木さんが乗車する「博多駅〜西新線」は、「博多駅前A」から「福岡タワー(TNC放送会館)」を4往復する予定だ。

7時10分、運行は「博多駅前A」のバス停からスタートした。

鈴木さん
鈴木さん

お寒い中、お待たせいたしました。

車外に向けられたスピーカーから、さっそく鈴木さんらしい言葉。福岡市の気温は12度で、ここ数日、急に秋めいたこともあって、確かに寒さが体に染み込んでくる。そこにねぎらいのアナウンス。

バスが福岡の都心部である天神地区に入ると、スーツ姿の乗客が目立つようになる。ここで、アナウンスの内容に変化が起こった。

鈴木さん
鈴木さん

爽やかな青空が広がっております。みなさま、今日も笑顔でいってらっしゃいませ。

雲一つない気持ちのいい空が広がっています。今日が皆様にとって、素晴らしい1日となりますように。

鈴木さんにそう言われると、見慣れた空が、急に価値のあるもののように思えてくる。心なしか、降車していくビジネスパーソンの背筋が伸びている気がする。

乗客一人ひとりに合わせた言葉

2度目の往復の帰り道。バス停の待ち客への言葉が変わった。

鈴木さん
鈴木さん

おはようございます。お待たせいたしました。

あれ、「寒い中」という文言が消えている。お昼近くになったこの時、気温は17度。確かにもう寒いという感覚はない。鈴木さんは待っているお客を観察して、掛ける言葉を変えているのだ。

なるほど、そう思うと、車内アナウンスでも、乗客の動きによって、言葉を選んでいるようだ。たとえば、降車する中に高齢者がいたら、

鈴木さん
鈴木さん

お足元にお気をつけて、どうぞ、ゆっくりとお降りください。

と語りかける。特別な言葉ではないが、その人に向けられているのがわかるから、見ているこちらの心まであたたかくなる。

さらに驚いたことに、乗客が降車する際、鈴木さんはマイクをオフにして、全員に声を掛けていた。しかも、「ありがとうございます」だけでない。

鈴木さん
鈴木さん

この先もお気をつけて。

鈴木さん
鈴木さん

お風邪など召されませんように。

一人ひとりの目を見ながら、その人に合わせた言葉を投げていくのだった。

皆既月食をバスの中から味わう

鈴木さんのバスに乗ったその日、はからずも日本は、皆既月食と天王星食が同時に起こるという、天体ショーが繰り広げられることになっていた。鈴木さんが、この一大イベントを見逃すはずはないと思っていたが……。

鈴木さん
鈴木さん

今夜は皆既月食と天王星食が、実に442年ぶりに起こるそうです。忙しい毎日の中、たまには夜空を眺めて、ゆっくりとした時間をお過ごしになってはいかがでしょうか。

そうこなくっちゃ、鈴木さん。「でも、ずっと運転中の鈴木さんは、ゆっくり空を眺めるどころじゃないんだけどね」と思った18時10分ごろ。鈴木さんは珍しく、右折しながらアナウンスを始めた。

鈴木さん
鈴木さん

お客様にお知らせします。

え、お知らせ?

鈴木さん
鈴木さん

本日は皆既月食と天王星食が同時に起こる珍しい日です。前方のお月さま、もう欠け始めていますね。ぜひ、窓からご覧ください。

中高生たちが部活動で汗を流すグラウンドの向こうに、少し欠けた大きな月が浮かび、それを見上げた乗客たちが軽くどよめく。バスの中で、こんな体験ができるなんて、鈴木さんのアナウンスのおかげだ。

最後まで徹する乗客への気遣い

この日の最後の便は20時1分の出発。博多駅に向けて小一時間の運行だ。また気温が下がってきた。

鈴木さん
鈴木さん

日中と夜の気温の差が大きくなりました。風邪をひかないよう、体調管理にはくれぐれもお気をつけくださいませ。

鈴木さん
鈴木さん

今夜も放射冷却で寒くなるようです。どうぞ暖かくしてお休みください。

どこまでも優しいアナウンス。気がつくと車内に暖房が入っている。もしかして、ご高齢のご夫婦と思しきお二人が乗ってきたから?

その予想は間違っていなかったようだ。終点の博多駅で降車する時、ご婦人のほうが「暖房を入れてくださって、ありがとう」と鈴木さんに声を掛けた。鈴木さんは恐縮したように顔の前で手をふりながら、「いえいえ。どうもありがとうございました。またのご乗車をお待ちしております」と笑顔で二人を送り出した。

営業所に着いた時、時計は22時を回っていた。鈴木さんは事務所で運賃を精算してから退社するという。自宅に戻ってから、遅い夕食なのだそうだ。

後日、インタビューに伺う約束をしていとまごいをする。鈴木さんから言われた通り、丸一日の乗車で確かに体は疲れていたが、反面で心はいつになく清々しかった。

バス運転士になった理由

大学は理系に進み、なんとなくだが「電気関係の仕事に就くのかな」と考えていた。卒業後、1年間、オーストラリアでワーキングホリデーに。鈴木さんが寝泊まりしたのは、ホストファミリーの庭に設置された、廃車のバスを部屋としてリノベーションしたスペースだった。

え、それがきっかけ? だったらドラマティックだ。

鈴木さん
鈴木さん

いや、後から思えば、バスだったなぁっていうだけで、単なる偶然です(笑)。福岡に帰ってきて、西鉄バスに乗った時に『バス運転士募集』というポスターを見て、なんと言うか軽い気持ちで……。

軽い気持ち……往々にして、こういう人が「化ける」のである。

アナウンスへの目覚め

新人の時、研修センターの講師から言われた「なかなか難しいことだとは思うけれど、お客さまを感動させる運転士を目指してください」という言葉が、鈴木さんの心に残っていた。


でも、確かに感動させるなんて難しいし、当初はマニュアル通りの運行を徹底することに必死だった。しばらくして仕事に慣れると、「元気で行ってらっしゃいませ」といった一言の声掛けを始めた。

長文のアナウンスに目覚めたのは、入社4年目、赤間営業所に配属され、赤間から天神までを運行する「赤間急行」に乗車した時だ。十数分間、都市高速を通るルート。「この時間を使えば、しゃべれるかも」と思った。

鈴木さん
鈴木さん

最初に何を話したか? たぶん、イベントのお知らせだったと思います。長いアナウンスが珍しかったんでしょう。お客さんのクスクス笑う声が聞こえてきて、『ウケたぞ』と思ったんですよね。

お客からの反応は、鈴木さんに快感をもたらした。

ネット上でもレスポンスがあった。西鉄バスのウェブサイトに設置された「お客様の声」に、「鈴木さんのアナウンスがよかった」という感想が寄せられたのだ。

忘れられない一言

今から8年前、鈴木さんのアナウンスもすっかり定着した頃の話だ。4月のうららかな日、いつものポイントで「新入生の皆さん、新社会人の皆さん、新しい生活が始まりますが失敗を恐れずチャレンジしてください」とアナウンスした。

そのすぐ後で、よく鈴木さんの「赤間急行」に乗ってくれる女子大生が真新しいリクルートスーツを着ているのに気づいた。彼女が降車する時、「就職活動、がんばってね」と声を掛けた。

数カ月後、その女子大生からウェブサイトを通して、「内定が決まった」と報告があった。「あの言葉で気持ちがほぐれて、自分の希望する会社に合格しました」と。鈴木さんにとって忘れられない思い出だ。

名調子で大爆笑を

思い出すと、今でもにんまりしてしまうエピソードがある。その日、ソフトバンクホークスが優勝を決め、鈴木さんは試合が終わった後の臨時便に乗車していた。

バスは興奮した観客でいっぱい。23時近く、終点が近づく道で、鈴木さんは「今だ」と思った。

鈴木さん
鈴木さん

みなさん、今日は寒いので川には飛び込まず、帰宅されたらそのままお風呂に飛び込んでください。

そう言い終えた瞬間、車内がどっと沸いた。爆笑をかっさらった気分は最高だった。降車するお客は口々に「運転手さん、最高!」「おもしろかったよ!」と声を掛けてくれた。

そんなたくさんの思い出が詰まった赤間営業所から転属になる時、所長が「市内に行ったらバス停の間隔が短いので難しくなるだろうけど、それでも、アナウンスは続けなさいよ」と背中を押してくれた。

できる限り現役を続けたい

ドキドキしながら初めて長文のアナウンスをしたあの日から、もう15年以上の月日が経った。42歳、できる限り、運転士を続けたいと思っている。

鈴木さん
鈴木さん

やっぱり運転が好きで、お客さまに喜んでもらうのが好きなんですよ。いずれは指導員の道もあるかな、とは思っていますが、今はまだ現役として、後輩の手本となるような仕事をしたい。

すでに、鈴木さんを目指して独自のアナウンスを始めている若手の運転士もいるという。

高い技術で安全運転を

本筋とは少し逸れるが、今回、鈴木さんのバスに丸一日乗車してみて思ったのが、その運転技術の高さだ。午前中はミッション車だったが、ロープウェイに乗っているような、極めて自然な加速。ゆっくりと背中を押される感覚だ。率直に言って、うん、気持ちいい。


ブレーキでガクンとなることなど、ただの一度もなかった。うつむいていると、車線変更をしたことに気づかないくらいの、スムーズな進路変更。鈴木さん、なんなんですか、この地味だけど、いざ実行するとなると、おそらくものすごく難易度の高いマイルドな運転は!

運転技術の向上へのモチベーションも、やっぱり乗客に寄り添う鈴木さんのポリシーから来るものなのか。

鈴木さん
鈴木さん

もちろん、そうした面もありますが、私たち運転士が提供できる最大のサービスは、なんと言っても安全です。運転技術はまずもって安全運行のため。次に心地よさの提供、ですね。

最後まで爽やかな鈴木さん。西鉄一優しいアナウンスの、そして、何番目かに運転が上手な鈴木さんのバスに、あなたも乗れる日が来るといいですね!

読者への特別アナウンスがこれだ!

インタビューの最後に、無理を承知でお願いしてみた。読者のために、特別版のアナウンスをお願いします、と。さすがの鈴木さんも困ったようだったが、「わかりました」と頷いてくれた。

ここまで読んでくれたあなたに贈る、鈴木さんのスペシャルアナウンスがこれだ!

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