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地域再生プロジェクトで注目の
山口・長門湯本温泉
西鉄高速バスの路線ができるまで

地域再生プロジェクトで注目の 山口・長門湯本温泉 西鉄高速バスの路線ができるまで

官民連携となった地域再生プロジェクトで、全国から注目を集めている山口県の長門湯本温泉。緑に囲まれ、清流がせせらぐ山あいに位置するこの温泉地は、画期的な地域再生プロジェクトを経て、現代の温泉街として再びにぎわいを取り戻している。

そこに2022年7月に運行を開始したのが、西鉄の高速バス路線「福岡~長門湯本温泉線(おとずれ号)」だ。1日1便、福岡と長門湯本温泉を片道約2時間45分で結ぶ。

運行1周年を記念して、2023年7月1日から8月31日まで、お得に長門湯本温泉を楽しめるキャンペーンを実施中だ。

九州・山口に数多くある人気の観光地のなかで、西鉄はなぜ長門湯本温泉に路線を新設することを決めたのか? 公共交通の地域との関わり方や果たすべき役割について話を聞いた。

目次

山口・長門湯本温泉とは?

「長門湯本温泉」は、山口県長門市の谷あいにある、小さな温泉郷として知られている。温泉地としては県内最古で、その歴史は約600年前にまでさかのぼる。

1427(応永34)年、室町時代の頃に、長門湯本温泉にある曹洞宗屈指の名刹・大寧寺(たいねいじ)の定庵禅師が、住吉大明神からのおつげによって発見されたと伝わっている。

温泉街の中心部に流れるのは、四季折々の美しい表情を見せる清流・音信川(おとずれがわ)だ。由緒正しい歴史を持つこの長門湯本温泉では近年、新しい旅や暮らしのあり方を提示するまちづくりが、官民連携で進行中だ。

山口・長門湯本温泉の魅力は?

長門湯本温泉の一番の楽しみは、「恩湯(おんとう)」を中心とした温泉街の「そぞろ歩き」だ。徒歩15分ほどあれば中心街の端から端までたどり着けるコンパクトなまちなので、川沿いの歩道や小径を散策しながら、静かでゆっくりとした時間を過ごすことができる。

青々と茂るさわやかな竹林の空気に包まれながら、訪れた人々は温泉街の中心部へとたどり着く。

すぐそばに建つのは、開湯600年の歴史を持つ長門湯本温泉の原点である元湯「恩湯」だ。敷地内の岩場から脈々と湧き続ける神秘のお湯を、立ち寄りで楽しむことができる。

長門湯本温泉のシンボル「恩湯」。今回の再生プロジェクトでデザイン性の高いモダンな立ち寄り湯に生まれ変わった

また、向かい側にあるカフェ「恩湯食」では、長門名産のブランド鶏「長州どり」や地元野菜を中心に、旬の魚介や季節の果実を使ったメニューが味わえる。

カフェ「恩湯食」

温泉街の中心を流れるのは、長門湯本温泉のシンボルとも言える清らかな音信川。春や夏には山あいからのひんやりとした空気が流れ込み、水に足をつけて涼をとるのが心地いい。また、秋冬にはライトアップされたまち並みを散策し、温泉で身体を温めるのがおすすめだ。

冬恒例のライトアップイベント「うたあかり」の様子

まちの課題と再生プロジェクトのはじまり

自然ゆたかな環境でゆったりと過ごせる長門湯本温泉には、全国から観光客が集まり、思い思いに湯めぐりを楽しんでいる。しかし実は、こうしたにぎわいが戻ったのはここ数年のことだった。

観光客の減少で、一時は地域全体が活気を失っていた長門湯本温泉。年間宿泊者数は、1983年の年間39万人をピークに下降傾向が続き、2014年には半分以下の18万人にまで減少していた。

まちの再生プロジェクトが動き始めた当初から現在に至るまで、中心となって事業を推進してきた長門湯本温泉まち株式会社の木村隼斗さんに詳しい話を聞いた。

木村さん
木村さん

要因のひとつとして考えられたのは、団体でのツアーから個人旅行が中心となり、旅行スタイルの変化に十分に対応できなかったことです。

長門湯本温泉は、温泉街としての風情を再構築(リノベーション)し、歴史と伝統を大切にしながら新たな魅力を生む革新(イノベーション)を創出する「湯ノベーション」を合言葉に、2016年に「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を開始。

経産省に勤務していた木村さんは、新しく実施された「地方創生人材制度」で2015年より長門市の市役所に出向。自治体側のメンバーとしてプロジェクトに従事した。

官民連携のまちづくりで生まれ変わった温泉街

再生プロジェクトにより整備された中心部

まちの再生に向けて動き出したプロジェクトでは、国内外で数多くの宿泊リゾートを手掛ける「星野リゾート」とともにマスタープランが作成された。具体的な目標として掲げられたのは、「全国人気温泉地ランキング」でトップ10に入ること(2017年は全国86位!)。

星野リゾートを含めた官民一体の組織を中心に、地元のキーパーソンたちを巻き込んで、何度も何度も話し合いを重ねました。

木村さん
木村さん

星野リゾートを含めた官民一体の組織を中心に、地元のキーパーソンたちを巻き込んで、何度も何度も話し合いを重ねました。

再生プロジェクトの核となったのは「川」と「温泉」だった。歴史ある立ち寄り湯「恩湯」を、まちのシンボルとして再建。音信川を中心にまちを「そぞろ歩き」するマスタープランにより、温泉街は劇的に生まれ変わった。

リニューアルで新しく誕生した、夏限定の「川床テラス」

行政側の一職員として仕事に関わっていた木村さんは、長門湯本温泉のまちと人に魅了され、2020年3月に経産省を退職。長門湯本温泉のまちづくりを担う「長門湯本温泉まち株式会社」に転職した。現在は長門湯本温泉を拠点に、全国を飛び回りながら地域の活性化に尽力している。

老舗旅館「大谷山荘」による「別邸 音信(おとずれ)」。全室露天風呂付のモダンな湯治リゾート
星野リゾートが手掛ける温泉旅館「界 長門」

福岡~長門湯本温泉線「おとずれ号」ができるまで

では、西鉄はなぜ、長門湯本温泉に路線を新設することを決めたのか。当時、自動車事業本部で事業を担当していた経営企画部の野崎勇真さんと、現在担当者の自動車事業本部・古川誠さんに詳しい経緯を聞いた。

野崎さん
野崎さん

自動車事業本部では毎年秋ごろ、来年度の事業計画を固めます。コロナ禍が明けた後の観光需要を見込み、路線の新設を検討するためにいくつかの観光地をピックアップしたところ、そのひとつが長門湯本温泉でした。

まずは、「継続的に、つまり年間を通して需要を見込めるか?」を検討します。長門湯本温泉の場合は、春は桜にホタル、夏は川床や水遊び、秋は紅葉、冬はライトアップイベント「うたあかり」と、魅力的なコンテンツが1年中あります。


また、コンパクトな温泉街の規模と「そぞろ歩き」をメインとしたまちづくりは、バス旅との相性もいい。まちとしての魅力は十分だと判断できました。

古川さん
古川さん

長門湯本温泉を推したのは私です。西鉄に入社する前は山口県の企業で働いていたので、長門湯本温泉のことはリノベーション前から知っていました。福岡から運行が可能な距離で、有名な温泉地への路線がすでに多くある九州内ではなく、山口の温泉地であることもポイントでした。

候補はいくつかあったのですが、最終的には長門湯本温泉の緻密な再生計画とビジョンが決め手となり、とんとん拍子で路線の新設が決まりました。それが2021年11月のことでした。

西鉄が木村さんと初めて顔を合わせたのは、この頃だった。初顔合わせはWeb会議で、まちづくりの経過と現状についてヒアリング。後日、長門市役所へ赴き、具体的なプランを詰めていった。

古川さん
古川さん

長門湯本温泉の方々は、何と言うか……熱量がすごいんです。どんな立場の方でも積極的にまちづくりに関わろうとする姿勢がひしひしと伝わってくる。そのエネルギーに触れて、何度もまちを訪問して、私たちはすぐに長門湯本温泉のまちが好きになりました。

その後、運行開始までに必要なのは、具体的なルートの検討と必要な申請業務だ。「バスが走行するのに十分な道幅があるか」「停車する場所はあるか」「バス停はどこに置くか」「運転士の勤務規定に沿った走行時間を組めるか」など、さまざまな検討事項を一つずつクリアにしていく。

古川さん
古川さん

山口でバスを運行するサンデン交通さんにご協力いただき、道路の状況や走りやすさを教えてもらいながらルートの検討を進めました。試走してみて問題がなければ、運輸局に申請を出して返答を待ちます。許可が下りれば、晴れて新しい路線の運行開始となります。

一番大変だったのは、道路は場所により管理者が違うため各所に許可を得る必要があることでした。ただひたすら地道な作業ですが……。その分、運行を開始し、初日の便に乗車した時の喜びも大きかったですね。

バスは福岡(博多バスターミナル、西鉄天神高速バスターミナル)・長門湯本温泉・長門市(長門市役所、センザキッチン)を結ぶルートを走る。

古川さん
古川さん

地元の特産品がそろう道の駅・センザキッチンのことも以前から知っていたので、1泊2日の旅行を想定してルートに含めることにしました。

1日目は福岡から長門湯本温泉に移動してゆっくり過ごす。2日目はレンタカーや電車、バスで海側に移動して長門市の観光地をめぐれば、2日間でたっぷりと長門を楽しむことができます。

路線をつくることが決まってから運行開始までは、約8カ月。新しい路線って、こんなに早くできあがるものなのか……?

木村さん
木村さん

運行開始までのスピード感には、私もかなり驚きました。正直、あと1年か2年か、もっと時間がかかると思っていたのでびっくりしました(笑)。

古川さん
古川さん

プロジェクトをスピーディーに進められたのも、長門湯本温泉そのものの魅力と、まちづくり計画の完成度のおかげだと思います。「ここならたくさんの人に来てもらえる!」と確信が持てましたから。

福岡~長門湯本温泉線「おとずれ号」新設後のまちの変化

2022年7月1日に「おとずれ号」が運行を開始して以来、長門湯本温泉線は1日1往復、毎日運行中だ。

木村さん
木村さん

「おとずれ号」が走るまでは、交通のあしが本当になくて大変でした。JRの美祢線と仙崎線やバスも1時間に1本程度と本数が限られ、自家用車での移動が大半でしたから……。

だからこそ、「おとずれ号」新設は私たちにとって本当に大きなインパクトでした。まちづくりの計画が進んだところでコロナ禍に直面して、観光ムードが落ち込んでいたところにやってきた明るい話題。まち全体が再び元気を取り戻す、良いきっかけになったと感じています。

古川さん
古川さん

うれしいお言葉です。

木村さん
木村さん

何よりありがたいのは、西鉄さんが私たちの取り組みをしっかりと理解してくださり、継続的に意見交換や交流が続いている点です。企画乗車券のプランもいっしょに作ってもらえたので、まちづくりまで一緒に歩んでくれるんだなと、とても心強く感じました。

あと、「おとずれ号」が走るようになってからこの1年で、20~30代の女性グループや若い親子連れなど、今まであまり見なかった新しい客層がそぞろ歩きを楽しんでいる光景が増えている気がします。長門湯本温泉をまだ知らない方々に、もっと足を運んでもらいたいですね。

西鉄が地域に対して果たすべき役割は?

九州・山口の地域の魅力造成を目指す西鉄にとっても、新しいチャレンジとなった福岡~長門湯本温泉線の運行開始。しかし、「路線をつくって終わり」ではない。たくさんの人々にバスを利用してもらうためのマーケティングやPRも、西鉄の自動車事業本部の重大な使命なのだ。

野崎さん
野崎さん

大きな取り組みとしては、西鉄で初めてバスの愛称募集キャンペーンを実施しました。SNSなどを通じて約900通の応募があり、長門市、長門湯本温泉チーム、西鉄の3社で協議した結果、「おとずれ号」に決まりました。

応募者の中から抽選で、地元の老舗旅館「大谷山荘」さんに提供してもらった宿泊券をプレゼントするなど、応募数が伸びたのは地元の方々の協力があったからだと思います。

さらに、運行開始を迎えるにあたり、長門湯本温泉で営業する宿泊施設や飲食店、観光施設に協力してもらい、高速バスの往復乗車券に加えて、現地で使える最大約2,500円のクーポン券がセットになった企画乗車券「そぞろ歩きっぷ」を発売した。「クーポンを使って、お得にまちを周遊できる」と好評で、西鉄にとっては地元とのつながりを深めるきっかけにもなった。

今年7月1日からは「1周年キャンペーン」がスタートした。この企画も、地元のみならず市役所まで巻き込んだプロジェクトとなり、地域と連携しながらPR用のチラシや映像の制作も進めていった。

古川さん
古川さん

一度足を運んでもらえば、絶対に長門湯本温泉の良さは伝わる。そんな想いを全員で共有しているので……思い切って大盤振る舞いしたキャンペーンです(笑)。

クーポン付きの「そぞろ歩きっぷ」が25%オフになるほか、3名で1名無料になる「グループ割」、ファミリーにやさしい「こども割片道500円」など、高割引率のお得なチケットが販売されている。

今後の課題や展望は?

2016年にまちづくりの計画を実施してから7年。そして、西鉄高速バス「おとずれ号」の運行開始から1年——。互いの立場から、今後の課題や展望について語ってもらった。

木村さん
木村さん

短期的には、まずは「長門湯本温泉」というまちをもっとたくさんの方に知ってもらうこと。今回の1周年キャンペーンもいいきっかけですね。一度来てまちを体験してもらえれば、きっと気に入ってもらえると思います。

さらに、長い目で見ると、「都市」と「地方」の関係性がこれからますます大事になると考えています。コロナ禍を経て、それぞれが暮らしや価値観の変化を体験していると思いますが、どんな状況であっても、都市と地方がそれぞれ閉じた状態だと成り立たない。互いに補完し合い、両方が人生の中で共存することこそが、「豊かさ」につながると思うんです。

そうしたなかで、私たちの使命は、次の時代の地域の役割を考えていくことなのではないかと思っています。都市と地方をつないでくれるのは「交通」なので、未来の地域の役割を西鉄さんと一緒に考えていきたいですね。

古川さん
古川さん

私は、1日1便から1日2便に運行便数を増やすことを目指しています。長門市周辺にはたくさん魅力的なスポットがあるので、長門湯本温泉以外の魅力も伝え、福岡の人々の旅行の選択肢に「おとずれ号」が加わるといいなと思っています。

木村さん
木村さん

今年のゴールデンウィークに、家族で「おとずれ号」に乗って長門湯本温泉へ移動しました。乗った便は満席で、何と言うか、車内が幸福感で満たされていたんですよ(笑)。そこには、長門湯本温泉でゆっくりていねいに時間を過ごそうとしている人たちだけが座っている。そんな高揚感が味わえるのもバス旅の魅力だと感じました。

長門湯本温泉は、時間を刻んでたくさんのコンテンツを消費する場所ではなく、ゆっくりするしか選択肢がない場所です(笑)。川のせせらぎが響きわたり、時間が静かに流れていく。片道3時間弱という福岡からの距離感もちょうどよく、かと言って日常から離れすぎない場所なので、暮らしの先の「停留所」だと思って何度でも足を運びたい場所と思ってもらえたらうれしいですね。

古川さん
古川さん

1泊ではなく、ぜひ2泊以上滞在してゆったりと過ごしてほしいと思います。行きたい場所をチェックして散策する日もあれば、何もせず気ままに過ごす日もわるくないですよ。長門湯本温泉には仕事やプライベートで10回近く通っていて、春夏秋冬の魅力をすべて知っています。季節を変えて遊びに行くのもおすすめです。

野崎さん
野崎さん

私も仕事で何度か通い、「恩湯」に浸かりながらブレストをしたり、「恩湯食」で川のせせらぎを聴きながら上司と会議をしたりしました(笑)。

自然がいっぱいで空気がきれいなので気持ち良く仕事できるし、周りが静かなので作業にも集中できる。ワーケーションにもぴったりだと思いますので、ぜひ遊びに行ってみてください。

  • 木村 隼斗 さん
    木村 隼斗 さん

    長門湯本温泉まち株式会社
    まちの番頭・エリアマネージャー
    2015年から2018年まで経産省より長門市役所に出向。2020年3月に退職し、長門湯本温泉まち株式会社で長門湯本温泉の事業に携わる。

  • 野崎 勇真 さん
    野崎 勇真 さん

    西日本鉄道株式会社
    経営企画部
    自動車事業本部でバスのダイヤの作成や地方自治体との協議・調整などの業務を担当し、広報課を経て、自動車事業本部で高速バスの営業を担当。長門湯本温泉線(おとずれ号)の路線新設に携わる。2023年より経営企画部へ異動。

  • 古川 誠 さん
    古川 誠 さん

    西日本鉄道株式会社
    自動車事業本部 営業部 営業第三担当
    2019年4月、中途採用で入社。長門湯本温泉線(おとずれ号)の新設後も企画乗車券の造成や広報活動に従事する。

▼「おとずれ号」1周年 キャンペーンサイト
https://nishitetsu.yumotoonsen.com/1st_anniversary_sale/

▼長門湯本温泉
https://yumotoonsen.com/

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