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床面積1.6倍なのに42%も省エネ!
西鉄が福ビル街区でリードする
天神の持続可能なまちづくり

床面積1.6倍なのに42%も省エネ! 西鉄が福ビル街区でリードする 天神の持続可能なまちづくり

「天神ビッグバン」――。100年に1度とも言われる大型プロジェクトだ。すでに「天神ビジネスセンター」や「福岡大名ガーデンシティ」が完成。新しい景観に変化を実感している人は少なくないだろう。一方、なかなか報道されない分野で、地道にまちの価値を高めようとしている人たちがいる。キーワードは「サステナブル」だ。

目次

建て替えを促した画期的な規制緩和

まずは天神ビッグバンについて、あらためて簡単におさらいしておこう。

天神ビッグバンは2015年から福岡市が主導している都市再開発誘導事業。計画当初の約30棟という予想を大きく上回り、現在は2024年までの10年間で、50棟以上のビルが建て替わる見通しだ。

出所:福岡市ホームページ

そもそも九州最大の商都である天神は、福岡空港が直線距離で約5キロと近いため、建築物の高さ制限があった。さらに多くのビルが建った1960年台に比べ、建築基準法による容積率の制限がより厳しくなったことなどから、天神エリアのビルは「建て替えるとなると、これまでよりビルの規模が縮小してしまう」という深刻な問題を抱えていた。経済合理性という一点だけを考えても、これでは建て替えが進むはずがない。

一方で2005年に発生した福岡県西方沖地震では天神地区のビルの被害が繰り返し報道されるなどし、建物の老朽化は市民の間でも問題として明確に認識されるようになった。以来、ビルの建て替えは避けては通れない問題として産学官民、様々なテーブルで検討されてきた。

光が見えたのは2014年。福岡市が国家戦略特別区域に指定されたことから、天神交差点の半径約500m圏内を「天神ビッグバンエリア」と位置付け、航空法や市独自の容積率の規制を緩和することに成功。ここから老朽化したビルの建て替え計画が一気に進行したのだ。

環境負荷は再開発の重要テーマ

天神ビッグバンの第1号となったのは「天神ビジネスセンター」。2021年10月に開業し、さっそく天神の景色を変えた。第2号は「旧大名小学校跡地活用事業」として進んできた「福岡大名ガーデンシティ」だ。今年6月には「ザ・リッツ・カールトン福岡」が開業し、メディアで連日報道されるなど、話題を呼んだ。

ただし、こうした「目に見える部分」だけが新しいまちづくりではない。デザイン一つをとっても、「他のビルとの連続性をどう保つか」といった課題がある。また、「賑わいを生み出すための連携」や「防災力の強化」、「感染症への対策」なども再開発の大きなテーマだろう。

中でも「環境負荷の低減」は、SDGsが世界の常識となってきた今、まちづくりにおいても極めて重要なテーマとなっている。

もちろん、天神ビッグバンで建て替わるビルもその例外ではない。ここ福岡市でも、2040年度に温室効果ガス排出量実質ゼロのチャレンジ目標を掲げている中、 天神ビッグバンの主要な開発の一つとして工事が進む「福ビル街区建替プロジェクト」を例に、ビルの再開発における環境への取り組みのリアルを追う。

エネルギー消費、圧倒的削減の理由

福ビル街区建替プロジェクトでは、『福岡ビル』『天神コアビル』『天神第一名店ビル(天神ビブレ)』の 3棟のビルを一体で建替える。建替え後は、延床面積が従前の3ビル合計に比べて約1.6倍に拡大する。

普通に考えれば、エネルギー消費量も床面積とともに増大するはずだが、西鉄・天神開発本部・福ビル街区開発部の本木光さんは「逆に低減させるのだ」と言う。しかも、その数字が圧倒的だ。

本木さん
本木さん

ビル全体の年間一次エネルギー消費量で比べると、従前のビル3棟の合計に比べて、42%減となる見通しです。

ビルの面積は約6割も拡大するのに、消費エネルギーは4割以上減る。いったいどうやって、この大胆な削減を実現するのだろうか。

本木さん
本木さん

細かく言えば多岐にわたるのですが(笑)、たとえば「ダブルスキンサッシ」という、ガラスサッシの二重化によってガラスの間に空気層をつくり、断熱性を向上させるとともに、内側のサッシを開閉可能とすることで自然換気ができる技術を導入します。また、太陽高度に合わせ自動でブラインドの羽の角度を調整し直射日光を遮蔽する「太陽光追尾型グラデーションブラインド」もユニーク。直射日光は遮りながらも、できるだけ光を室内に取り込んでいく。ともに外部からの熱負荷を低減し、必要なエネルギーを減らす技術です。

他にも代表的な取り組みを挙げるならば、人感センサーや昼光利用センサーによる制御機能を持ったLED照明や、CO2除去デシカント空調機など効率的な空調・換気システムを導入。あらゆるテクロノジーが活用された、エネルギーを無駄なく効率的に利用する省エネ技術が、ビルの様々な場所で動いているイメージだ。

  • ダブルスキンのイメージ図
  • 昼光利用センサーによる照明イメージ図

そのどれもが、「先進的ではあるが、小さな取り組み」かもしれない。しかし、それがこれだけの規模のビルの、あらゆるシステムに組み込まれると、結果として驚くべき数字となって反映されるのだ。

国際的な環境認証を次々と取得

床面積約6割増なのに、消費エネルギーは4割以上削減。この結果を導き出す「ガイド」ともなったのが、建物の環境性能を示す国内外の「環境認証」だ。

これまで福ビル街区建替プロジェクトは2021年4月に「DBJ Green Building認証」と、2022年6月に「LEED GOLD®」予備認証を取得。DBJでは主に省エネ・省資源、BCP、利用者の利便性・快適性・健康性が、LEEDでは省エネ、水の利用、室内環境の快適性が評価された。

そして、2023年2月には環境性能評価において、BELSの最高ランクである星5つを獲得し、オフィスエリアで「ZEB Ready」、商業エリアでは「ZEB Oriented」、建物全体としても「ZEB Oriented」を取得した。

  • オフィスエリアの性能評価
  • 商業エリアの性能評価
  • 建物全体の性能評価

ZEBとは快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建築物のこと。福ビル街区建替プロジェクトはZEBの認証取得物件として、延床面積が西日本で最大級となる。実際にZEBの取得を手がけた本木さんは振り返ってこう語る。

本木さん
本木さん

どういうシステムが効率的なのか、コストも含めて検討を重ね、それらを認証の取得のために資料化していく必要があり、当然ながら大変な作業です。しかし、その一つひとつが建物の価値を上げることにつながるのだから、とてもやり甲斐のある仕事でした。

いかにして地権者の足並みをそろえるか

環境認証が建物の価値を上げる……具体的にはどういうことなのだろうか。
その疑問には、同じく天神開発本部の天神みらい戦略部に所属しながら、天神明治通り街づくり協議会(MDC)の事務局を務める井上沙和さんが答えてくれた。

井上さん
井上さん

たとえば、オフィスビルとしての側面で考えると、外資系企業の中にはこうした認証を取得していないビルは、進出や移転時の選択肢にさえ挙げないところも増えてきています。MDCは「天神明治通り地区」約17haを対象エリアとした官民連携の地権者組織ですが、会員の方から「東京ではそうした傾向がさらに強まっている」ともうかがっています。MDCは再開発の将来像として『アジアで最も創造的なビジネス街』を掲げていますが、その実現のためにも、今や環境への配慮は不可欠なのです。

天神ビッグバンとして進行している50以上のプロジェクトの規模は様々。地権者は大企業から個人地権者まで多数存在する。その全てが国際認証を取得できるレベルの投資が可能かと言えば、現実的ではないだろう。

井上さん
井上さん

プロジェクトごとに条件がある中で、どうやって足並みを揃えていくかは大きな課題です。MDCでは認証制度を知っていただく場を提供したり、有識者を招いて日本、海外を含めて最新事例をレクチャーしていただく機会を提供したりすることで、それぞれに適した環境への取り組みを地権者の方々と、ともに考えています。

福ビル街区建替プロジェクトの認証取得に象徴される環境への取り組みは、MDCの会員はもちろん、天神で開発を進める事業者、または福岡、九州、あるいは、まったく別の都市で再開発を進める人々へのメッセージに、そして刺激となるだろう。

サステナブル開発が呼び込む新しい風

「(仮称)新福ビル」にはどんな企業が集まってくるのだろう。彼らに、そしてここで働き、暮らす人々に、どのような影響を与えるのだろう。そうした人と人との交流を通じて、いったい何が生まれるのだろう。

ビルの建て替えにおける環境への取り組み――決して人々の耳目を引くトピックではない。しかし、まちづくりに真剣に向き合う人々の地道な取り組みが、結果として、新しい風をこのまちに呼び込むことにつながっている。

そして、新しい風はときに疾風となったり、そよ風となったりしながら、このまちで新しい何かを創造していく。

50年後、100年後のこのまちのために、今も誰かがサステナブルなまちの開発について考え続けている。次に天神を訪うときに、そんなことを考えながら、新旧のビルや工事中のビルを見上げてみてはいかがだろうか。

  • 本木 光 さん
    本木 光 さん

    西日本鉄道株式会社
    天神開発本部 福ビル街区開発部
    2019年入社。建築技術員として都市開発事業本部に配属され、バス施設の営繕業務に携わる。
    2021年度より現部署に異動し、福ビル街区建替プロジェクトの建築計画を担当。

  • 井上 沙和 さん
    井上 沙和 さん

    西日本鉄道株式会社
    天神開発本部 天神みらい戦略部 係長
    (天神明治通り街づくり協議会事務局)
    2010年入社。自動車事業本部配属。
    経営企画部では企業メッセージ策定等に携わり、2019年度より都市開発部門へ。
    福ビル街区開発部を経て、2021年度より福岡市天神地区の街づくりを担当。

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