1990年代のピーク時には日本全国に122頭いたラッコ。それが今ではわずか3頭になり、三重県と福岡県のたった2カ所でしか見られないそうです。そんな希少なラッコが暮らすのは西鉄が運営する福岡市東区にある水族館「マリンワールド」。その飼育背景に迫ります!
こちらを見つめるつぶらな瞳、ガラスにそっと置かれた小さな手。この愛らしい毛むくじゃらな生き物はマリンワールドで暮らすラッコのリロくんです。
その愛らしさと言ったらもう……。
水槽の前ではカメラを構えたファンが悶絶しながらシャッターを切っています。中には北海道から、という大のラッコファンもいらっしゃるそうです。
今、日本全国で飼育されているラッコはたったの3頭。三重県の鳥羽水族館にいるキラとメイ、そしてここマリンワールドで暮らすリロです。
ラッコが初めて日本にやってきたのは1983年のこと。鳥羽水族館にアラスカから4頭のラッコがやってきました。その翌年に国内の水族館で初めて繁殖に成功し、その愛らしさに日本中が熱狂。ラッコブームが到来しました。
1994年、最も多いときには全国の28施設で122頭のラッコが飼育されていたのです。
この写真はマリンワールドが企画制作したオリジナルブック「らっこ~marineworld racco history~」の表紙を飾った一枚。
グッズ付きの事前受付では販売期間30日で800セットの予約が集まったという人気ぶりでした。その後、増刷となり累計1500部を発行。今でもオンラインショップでランキング1位の大人気商品です。
マリンワールドのオンラインショップ「すいそう」ではオリジナルブックのほか、「リロが見つめるアクリルスタンド」、「リロのポストカードセット」、「リロのキーホルダー」、「ラッコのイラスト入りトートバッグ」、「ラッコのポーチ」、「ラッコのスプーン」・・・・・・と、ラッコグッズがランキング上位を埋め尽くしています。
マリンワールドにはイルカもペンギンも、アシカもサメも生き物がたくさんいるのに、なぜこんなにラッコグッズに人気が集中しているのでしょう?
疑問を解決するため、グッズの企画制作に関わっているという営業担当の土井翠さんにお話を聞いてみました。
さっそくですが、なぜマリンワールドではそれほどラッコグッズが人気なんですか?
一つは、日本全国でラッコが暮らす水族館は2カ所だけで、その一つがここだからでしょうね。でも、うちのラッコグッズが人気なのはそれだけが理由ではないんです。
と、言いますと?
ふふふ。私、実はもともとはラッコの飼育員だったんです。20年以上、携わっていたんですが魚アレルギーになってしまって。動物たちの食事の準備ができないので営業部に異動になったのが5年前のこと。そのとき、最初に手がけたのがラッコグッズでした。
ラッコの飼育員さんが作るから、ラッコグッズも人気が出る。そういうことですか?!
前々から気になっていたんです。ラッコ本来の可愛さがグッズではうまく表現できていないなって。だから、業者さんと何度もやり取りをして「鼻は三角形にして耳はもう少し小さく、しっぽはもっと長く…と、よりラッコらしくなるように試行錯誤を重ねました。
なるほど。20年間、すぐそばでラッコを見続けていた元飼育員さん監修だからこそ、ラッコ本来の可愛さをグッズでも表現できたんですね!
ラッコファンは全国にいるんですが、取り扱っている水族館が少ないので新商品を発表した当日はオンラインショップの注文がすごい数になるんですよ。翌日は発送作業に追われていますね(笑)
ラッコが主役のオリジナルブックもかなりの人気だったそうですね。
ええ。この本はリニューアル5周年を記念して制作したものです。もともと私には、昨年までマリンワールドにいたマナの生きた証を残したい、という思いがありました。
マナちゃん、昨年2月に亡くなったそうですね。
お腹にリロとの赤ちゃんがいたんですが……出産前にお腹の中で死んでしまいました。エサを食べなくなるなど体調が悪化したため手術を行ったんですが、子宮破裂を起こしていました。本の内容は、マナの死に焦点を当てるよりも、これまでマリンワールドにいた歴代のラッコたちや、今も元気で暮らすリロのことを知ってもらえるものにしたいと思いました。ラッコ飼育の歴史はマリンワールドオープンからずっと途切れることなく続いているもののひとつです。リニューアル5周年の節目に、ラッコの生態など専門的な話題から当館の飼育の歴史や取り組み、歴代メンバーとのエピソードまで幅広い内容にしました。
以前はもっとたくさんいたんですね。
最も多いときには7頭いました。日本全国でもピーク時は122頭が水族館などで暮らしていましたが、ワシントン条約によって国際的な取り引きが規制されてからは2003年に輸入は途絶えました。日本国内では各施設で繁殖をがんばっていたんですが、ラッコはデリケートな生き物なのでなかなかうまくいかず、数が減っているのが現状です。
そうでしたか。人生の半分近くをラッコと共に過ごしてきた土井さんにとってはお辛い時期もあったでしょうね。良ければ、ラッコたちとの楽しい思い出を教えてください!
私が18歳で入ったばかりの頃は、いちばん大きなゲンというオスがいて。立ち上がると小学3、4年生くらいの背丈があって「かわいい」よりも「大きくて怖い!」というのが第一印象でした。でも、エサを手渡しで受け取ってくれたり、だんだんと親しくなってからは可愛さが増していきましたね。
ゲンくん、強そうですね!
入り口で通せんぼされたこともあるんですよ。新人だからナメられてたんじゃないかな(笑)
マナちゃんとの思い出はどんなものがありますか?
マナのときは誕生日やひなまつり、七夕やクリスマスなどいろんな行事を企画して、お客さまと一緒にお祝いしていました。その慣習は今もリロに受け継がれているんですよ。リロの誕生日ケーキを毎年作っている飼育員がいますので、良ければ水槽を訪ねてみてください。
誕生日ケーキを毎年手作りで?すごいですね。分かりました。行ってみます!
ラッコの水槽を訪れてみると、ちょうどリロのお食事タイムでした。
飼育員さんがバケツから取り出したイカを手で受け取って食べる姿がなんとも愛くるしい!水槽の前にはスマホを構える人だけでなく一眼レフを持ってシャッターを切っている方々もいました。
とりわけ、シャッター音が飛び交うのはリロが窓際まで来てくれたとき。どうやら飼育員さんが指を指して指示を出しているみたいです。
お食事タイムが終わった頃、裏口から出てきた飼育員・濱野真さんに話を聞きました。
リロくん、いい食べっぷりでしたね!
リロは小さい頃から魚を食べなくてね。イカと貝ばっかり食べるんですよ。マナは魚も好きでしたけど。
濱野さんが毎年、誕生日ケーキを作っていると聞きました。
ええ、リロの好きなイカと貝を使ってこんな風に作っていますよ。
えっ、これイカと貝でできてるんですか?
マナのときは魚のすり身が使えたからねぇ、良かったんですが。リロのケーキは毎年、頭を悩ませています。このときは、リロの顔を描いたホールケーキにしました。
クオリティがすごい!もともとお料理が得意とか?
いえいえ、まったく。お客さまも喜んでくださるし、見よう見まねでやっています。
そうか、リロのファンは福岡だけでなく全国にいるんですよね。リロくんの魅力ってどんなところですか?
リロはねぇ、紳士ですね。
紳士、ですか?
はい。マナと一緒に過ごしていたときは特に紳士的な振る舞いでした。
女性に優しい紳士なんですね。リロには特別好きなおもちゃがあると聞きました。
ええ、ほらあそこに。赤い三角コーンがあるでしょう?リロは三角コーンがお気に入りなんです。最初にあげたものはバリバリと破って壊してしまいましたけど。
激しいですね!
破片が危ないので回収しようとすると、珍しく怒っていました。お気に入りのおもちゃを取られたくなかったようです。リロのグッズにはよく赤い三角コーンが描かれているので見つけてみてください。
か、かわいい…。ちなみにリロくんは今いくつなんですか?
15歳です。ラッコの寿命が20歳と言われていて、人間の年齢にするとリロはもう60歳近くですね。
そうですか。もし、リロくんや他の水族館にいるラッコが寿命を迎えてしまったら、私たちはこんなに愛らしいラッコにもう会えなくなってしまうんでしょうか?
今の時点では何とも言えませんが、北海道では野生のラッコが観測されています。水族館で暮らすために捕獲はできませんが、親とはぐれた子など保護するために水族館の飼育技術が必要になるかもしれません。
私たちがラッコのためにできることって何かあるんでしょうか?
まずは「知ること」から始まると思います。ラッコは可愛くてアイドルのように扱われますが、生き物としてどんな存在なのか、それを知ることが第一歩です。マリンワールドとしても、海の環境保護活動に力を入れ、展示を通して啓蒙活動をしています。身近なところから、海の環境を守る意識を持ち、海で暮らす生き物のことを知ってもらえたら嬉しいですね。そして何より、元気なリロに会いに来てください。
もちろんです!日本全国、2カ所しかないラッコに会える場所、マリンワールドでこれからもリロくんを見守ります。ありがとうございました。