福岡の街で一際目立つ西鉄の連節バス(BRT)。あの長い車両を操るには、とんでもなく高い運転技術が要求される。ドライバーの超絶テクニックはFBS福岡放送(日本テレビ系列)の人気番組『地元検証バラエティ 福岡くん。』でも紹介され、大きな反響を呼んだ。社内でもわずか5%しかなれないという、連節バス運転士のすご腕技術に迫る!
威風堂々、福岡の街並みの中を走る連節バス。車両が2台連なったバスで、その全長はなんと18メートルにも及ぶ。輸送力も格段で、普通の路線バスのほぼ2倍となる130人を乗せることができる。
さて、連節バスを見て、誰もが思うだろうこと――。
「運転、難しいだろうな」
「カーブ曲がるの、大変だろうな」
この、あまりにも素朴な思いを胸に、福岡県・大野城市にある「西鉄・バス研修センター」の備前琢郎教官を訪ねた。そう、連節バスの運転士を「育てる側」の人だ。
備前さん、幼稚な質問で恐縮ですが、やっぱり連節バスの運転って、難しいんですよね。
ええ、難しいですね。私自身、教官になる前に1年半ほど運転していましたが、バスとは違う乗り物という感覚ですね。
バスの運転でさえ難しいはずなのに、それをはるかに凌駕する難易度ということですよね?その理由は?
やっぱり、車体の長さです。通常のバスより7メートルも長く、内輪差は実に3メートルにもなります。普通のバスだと内輪差は2軸で考えればいいのですが、連節バスは後ろの車体に3軸がありますから2軸と3軸を見ながらハンドルを切っていなかければなりません。
しかも後ろの車両は慣性だけで動いているんですよね?
そうです。当たり前のように見えるかもしれませんが、とくに自動車の通行量の多い天神や博多駅ではバス停にまっすぐピタリと停めるだけでも技術が必要です。研修の中には限られたスペースの中で車体をまっすぐにするという教習があります。
ちなみに福岡市内のルートで運転が難しいポイントは?
天神橋口交差点ですね。交通量の多い中で、あのカーブはなかなかやっかいです。普通のバスならそのまま行けますが、連節バスの場合、少しだけ隣の車線にはみ出すような形で蛇行させなければ、後ろの車両が車線に入らずうまく曲がれない。バスがお好きな方は、ぜひ見学に行ってみてください。
連節バスの運行はドライブテクニックだけでなく、連節バスならではの「仕事」が付加される点も特徴だ。
通常、バスはミラーと目視で安全を確認しながら走行するが、連節バスの場合、後方の車両の左右は遠すぎてミラーでは十分に確認できない。さらに、後方の車両のドア付近の状態や、後方車両内の乗客が座っているかなどの状況もミラーでは確認できないのだ。
そのため、連節バスにはいくつものカメラが設置されている。後方の左右を映すものが一台ずつとバックモニターで計3台、後方車両のドア付近の状況を映すために内外1台ずつ、最後尾の座席から後方車両内を映すのが1台、さらに中央で動く連節部分を映すための1台――。
全部でなんと7台ものカメラで車両全体をカバー。そして運転士は随時、それらを運転席に設置された7台のモニターで確認しているのだ。
もちろん、これにミラーと目視が加わるわけですから、連節バスの運転中は見るところだらけです(笑)。慣れてくると自然と必要な箇所を目で追えるようになるのですがね。
連節バスの運転士にはドライブテクニックだけでなく、安全を確保するための高い集中力が要求されるのだ。
連節バス研修は6日間にわたって実施される。初日は半日を使っての机上講習。ここで構造や理論を学び、その後、研修センター構内で実地研修に取り組む。さらに2日間は構内での運転技術に関する研修をみっちりと行う。
翌日からは路上での研修で、これが丸2日間。そして、最終日の午前中に実施されるのが「後退訓練」だ。後退訓練、つまりバックの練習である。バックに半日もかける?
連節バスは後退が難しいんです。普通のバスであれば、正しい場所でハンドルを留めておけば、まっすぐに後退します。しかし、連節バスの場合、後方車両が少しでも曲がっていたら、後ろに進めば進むほど連節部分が折れ曲がっていく。だから細かくハンドルを切ってコントロールする必要があります。
なるほど。最悪の場合は、操縦不能になるんですか?
この連節部分が『くの字』に折れ曲がる現象を『ジャックナイフ現象』と言います。それを防止するために、一定の角度になるとそれ以上、後退できなくなるように設計されてはいるのですが、そうした事態にならないようにするためにも後退の訓練は大切なんです。
実際、基本的に連節バスが公道でバックすることはないし、駐車の際も前進で停めるのが決まりだ。ただ、営業所では停車後、左右に「少し寄せる」といったことはあるし、もちろん、不測の事態に備えるという意味でもバックの技術の取得は重要なのだ。
こんなに運転が難しい連節バスを運転できるのは、いったいどんな人なのか。事実、西鉄バスの運転士約4000人の中でも、連節バスを運転できるのはわずか180人強。5%にも満たない狭き門なのだ。
当然、その資格を得るためには、備前さんが教官を務める「連節バス(BRT)研修」を受講する必要があるのだが、選出される条件が厳しい。
路線バスで7年以上の経験をもち、無事故・無違反で3年。そして、営業所の所長の推薦があり、安全推進担当課長、業務担当課長による面接を経て、さらに面接通過後にその適正の有無を研修センターにて判断される。技術面だけでなく、日頃の勤務態度なども考慮された上で、精鋭が選出されるのだという。
連節バス運転士は、やはりみんなの憧れなんでしょうか?
そうですね。『いつかは連節バスを運転したい』という声は、よく耳にしますから、良い目標になっていることは間違いありません。
いつかは頂点へ――その思いが、西鉄バス運転士の運転技術や安全運行への志を高めているのだ。
と、ここまで取材した時点で、あらたな疑問が湧いた。
「そんなに運転が難しいなら、普通のバス2台でよくないだろうか?」
福岡市内だと、ほとんど同じ路線のバス2台が連なって走っている光景は日常茶飯事だ。いや、もちろん、連節バスはかっこいいし、もの珍しいし、高度な運転技術を有する運転士によって運行されているというのは、ちょっと誇らしい気もする。
でも、なぜ、そこまでして、連節バスを運行させなければならなかったのか。またもや素朴な疑問を抱えて、今度は福岡市への連節バスの導入に企画段階から関わってきた、西鉄の市原一貴係長(自動車事業本部 営業部 営業第一担当)のもとへと向かった。
失礼なことを聞きますが、連節バスって、なんで必要なんですか? 2台で行けば、よくないですか?
その質問に答えるためには、まずはBRTという概念から説明する必要がありそうですね。
あ、そもそも「連節バス」と「BRT」は同じ意味ではないのか。解説、お願いします。
BRTは『Bus Rapid Transit(バス・ラピッド・トランジット)』の頭文字をとったもので、『バスを基盤とした高速・大量輸送システム』全体のことを指すと考えてください。明確な定義はないのですが、速達性、定時性、輸送能力に優れたバスによる公共交通システムであり、都市によっては専用の走行空間が確保されているものもあります。
連節バスはそのBRTを実現する一つの、しかし大きな要素である、と。
その通りです。福岡市がBRTの導入を発表したのは2015年4月のことでした。都市再開発誘導事業『天神ビッグバン』によって天神地区の多くのビルが生まれ変わると、訪れるお客さまが増え、また働く人も増えることが予想されます。BRTはさらなるマイカーでの乗り入れで交通が混雑するのを防ぐ目的で、新しい公共交通として構想されたのです。このとき、併せて連節バスの導入も発表されました。
なぜ、BRTが選ばれたのか。
鉄道や路面電車に比べて、圧倒的にコストが低いのが最大の魅力です。ルートを柔軟に変えることができるのもメリットですね。実は福岡市のBRTは日本初の『都心循環BRT』です。他の都市のBRTは郊外部と都心部を結ぶ拠点間輸送がメインであるのに対して、福岡市は博多、天神、ウォーターフロント(博多港)の3拠点を巡回する環状型の輸送を担っています。
なるほど、「西鉄バスに、なんだか長いバスが加わった」と思っていたが、「福岡市という都市に、まったく新しい交通機関が生まれた」と理解するべきだったのか。
連節バスが福岡市に最初に導入されたのは2016年、2台からのスタートだった。それが6年後の現在、福岡市・那珂川市で18台、北九州市で10台にまで拡大している。
連節バスが増えたぶん、ルートが重なるところでは、大きく輸送力を落とすことなく、バスの総量を減らすことが可能となった。つまり、すでに交通渋滞の緩和という効果を挙げているわけだ。それだけでなく、スポーツイベントやライブが開催された時に、臨時便としてやってくる連節バスのなんと頼もしいことか。
すでに街の交通を改善している連節バス、これからも順調に増えていくのだろうか。
うーん、それはなんとも言えません……
急に言葉を濁した市原係長。
これは全国のバス会社に共通する問題ですが、運転士が不足する傾向にあり、連節バスはその有効な解決手段の一つです。ただ、街の発展の状況によってさらなる連節バスの必要性も変化すると考えられます。
コロナ禍によって、インバウンドが減少したし、ウォーターフロントの再開発にも影響があった。これらは福岡のBRTの進化にとっても強い逆風だったと言える。
しかし、それもいずれは回復基調に乗ってくるはずだ。また、これからが本番の『天神ビッグバン』や、博多駅周辺の再開発『博多コネクティッド』のさらなる進展を考えると、BRT、そして連節バスの役割がさらに重要になるのは間違いない。
以前から「バスの街」と言われてきた福岡。近い将来、「BRTの街」として注目されるかもしれない。そんな未来を夢見ながら、あらためて凄腕運転士が操る連節バスに乗ってみよう。
カーブを曲がる時、交差点を曲がる時、連節バス運転士の高度な技術とBRTの意義を知ってしまったあなたは、きっと「ブラァーボー!」と声をあげたくなるはずだ。
1995年、二日市交通株式会社に入社。
1997年、西日本鉄道株式会社・金武営業所に配属。2017年に連節バス運転士に選任。
その後、路線バス運転士として20年以上培った経験を後継に伝えるため、2019年よりバス研修センターの指導員として勤務。
自動車事業本部 営業部 営業第一担当係長
2009年入社。人事部配属。2011年より自動車部門に異動し、ダイヤ編成業務等に従事。2013年の福岡市役所へ外部派遣された際に都心循環BRTの企画段階に携わり、2016年の西鉄復帰以降、まちづくり・交通企画部にて連節バス導入を担当。
2018年より自動車部門へ異動後、主にダイヤ編成業務等に従事し、2021年より現職。