2025年春に開業予定の西鉄が開発を進めている「ONE FUKUOKA BLDG.」(以下、ワンビル)。その 5階に、天神最大級の席数を持つ食堂「天神福食堂」がオープンすることが決まり、着々と開店準備が進んでいる。
西鉄とタッグを組むのは、福岡市中央区平尾にあるレストラン「Ringrazie(リングラッツェ)」。地元の人気イタリアンと西鉄の協業が実現した経緯とそれぞれの想いについて、リングラッツェのオーナーシェフ・田村浩治さんとスタッフの増井成さん、西鉄・天神開発本部福ビル街区開発部の徳久愛子さんと藤田るみさんに話を聞いた。
食堂がオープンするのは「ワンビル」5階のこの部分。天神の中心部を走る渡辺通りと明治通りに面する超一等地だ。店舗面積は約460㎡(約140坪)。客席数は209席で、食堂としては天神地区最大級の広さとなる。
営業時間は11時から20時まで(日祝は11時から17時まで)。昼間は定食やパスタ、うどんやラーメンなどの麺類、丼物、カレーなどの定番メニューを毎日13種類提供する。
また、15時以降はアルコール、低アルコール、ノンアルコール、自家焙煎のコーヒーなどのドリンクを豊富にそろえ、おつまみや麺類、イタリアンベースのデリやピザ、手作りの焼き菓子などが味わえる。友人や仲間、同僚たちとカジュアルにコミュニケーションできる場に。
※価格は税込みです。価格とメニュー数は変更の可能性があります。
西鉄とともにワンビルの食堂事業を展開するのは、福岡市中央区平尾にあるイタリア料理店「Ringrazie(リングラッツェ)」。西鉄薬院駅から徒歩約5分の場所に、2008年にオープンした。リングラッツェの料理のルーツであるイタリア南部のまち・ナポリを思わせるような明るい外観が目印だ。
店内も地中海的な雰囲気が漂うしつらえで、まるで海外に来たかのような気分に。
以前は昼夜ともに営業していましたが、現在はランチのみです。メニューは1,650円のランチコース1本で、前菜からデザートまでゆっくり楽しんでもらえたらと思っています。
コースは前菜5種類、生ハム、パン、本日のパスタ、ドルチェ、ドリンクが付くかなり豪勢なセット!
私たちがつくる料理は、イタリア南部ナポリに伝統的に伝わる地方料理がベース。地産地消を大切にする「スローフード」の文化をもとに、地域の食材を生かした料理を提供しています。
メインとなる「本日のパスタ」は、黒板に描かれている3種類の中から好きなものを選べて楽しい。
例えばこの日は「シラスとシシトウのスパゲティ」、「スペアリブのグリルティンバロ」、「生ハムとアスパラガスのフリッジ」の3種類。なかでも特におすすめなのが、肉料理や魚料理とパスタが一皿になったその日の「ピアットウニコ」だ。
お客さまにもスタッフにもたくさんの料理に触れてほしいので、メニューは数日ごとに更新しています。数にすると、年間150種類以上はあるかな……?海も山もあるナポリと福岡って食材や食文化にも共通点が多くて、地元の食材でいろんな料理が作れるんですよ。
こうして常に新しい一皿との出会いが待っているのは、お客さまにとっては何よりの楽しみだ。さらに、提供する料理は、できる限り手づくりで添加物を使わず、パスタやチーズは自家製で、仕入れる肉や魚も自分たちの手でカットして仕込んでいる。
さらに、おおらかで自然体の田村さんの人柄やスタッフさんたちの温かさも、リングラッツェが人を惹きつけ、愛されている理由だ。
「ワンビル」の食堂オープンにあたり、西鉄はなぜリングラッツェと協業することになったのか?その理由を、リングラッツェの田村浩治さん、同スタッフの増井成さん、西鉄・天神開発本部福ビル街区開発部の徳久愛子さん、藤田るみさんに話を聞いた。
食堂事業がスタートした経緯は?
ワンビルにおける新規事業の検討が動き出したのは2020年でした。当初はまだ「食堂」という形も決まっておらず、「新ビル開業にあたり、何か新たな事業を」と、どんな事業にすべきか考えるところからスタートしたんです。
「食堂」のアイデアはどのように?
担当部署で検討するほか、西鉄グループ内でアイデアを公募したこともありました。そこで出てきたのが「食」と「場」というキーワード。それから一時、コロナの影響でプロジェクトの検討スピードが落ちた時期もありましたが、2022年から再び本格始動となりました。
この時、天神地区でちょうどランチタイムの行列やランチ場所の不足という現象が話題に上がっていました。また、コロナを経て「コミュニケーション不足」を感じるシーンが多く、そうした閉塞感を解決できる場が必要だという想いを強くしました。
みんなが気軽に立ち寄れて、天神の良さをさらに感じられる場所。そして、福岡の豊かさを感じられるところ。「食」にはさまざまな形がありますが、人が集まってコミュニケーションを取れる場所を提供することこそが、ワンビルの役割なのではないかと思い至りました。
食事ができる場所=「食堂」と捉えたときに、「自分たちだけで事業を立ち上げるのではなく、地域を支える地元の企業と協業したい」という想いがありました。それで相談先をいろいろと探してみたのですが、初めての事業でノウハウも人脈もなく、最初はまさに手探り状態で(笑)。
食=食堂と先に決めていたわけではなく、食を切り口とした新規事業を広く検討しようと様々な方にお話を伺いました。その中で「食堂」という形がなんとなく見えてきて、検討を進めていきました。半年で30人以上の方を訪問してお話をしたと思います。
そんな状況から、リングラッツェさんとの協業に至った経緯は?
諦めかけていた頃、知人から偶然聞いて知ったのが、筑紫女学園大学や久留米市役所の食堂事業を手掛けるリングラッツェさんでした。違う話の中でたまたまお名前が出てきて。ご縁ってこんなふうにやってくるものなんだと思いました。
私が着任したのが2023年。前部署から異動したばかりの頃に、徳久さんにリングラッツェへランチに連れて行ってもらったのをよく覚えています。当時はまだ出店交渉中の段階だったのですが、リングラッツェさんで食事をして「こんなにおいしい食事がワンビルでできるなら幸せ。ぜひ協業をお願いしたい!」と率直に感じました。
その後、どのように計画が進んでいったのでしょうか?
田村さんたちと何度かお話をするなかで、「食」や「人」に対する考え方や「まちづくり」への姿勢に共通点があることがわかりました。目指している未来が同じだからすごく安心できて、協業に至るまで多くの時間は必要ありませんでしたね。
大切にしているのは「身体にやさしくおいしい食事」。出汁やカレーのスパイス、ベーコンなども手づくりしています。こうした私たちの店づくりや人づくりに共感していただけたので、同じ目線で新しい場づくりができると感じました。
そうしたなかで私たちは、単なる「食堂」ではなく、現代の働き方や時間の使い方に合った新しい形の食堂を作りたいと考えました。現代に暮らす人々のための“令和の食堂”のような存在です。
どんな業態にするのか相談するなかでわかりやすく「食堂」としましたが、「食堂」という言葉にこだわっているわけではありません。
そうですよね。「食堂のような新しい場所」を作りたいというのが、私たち共通の想いです。
メニューはどのようにして検討を?
具体的な要望というよりは、「毎日食べたくなる食事」や「食べてほっとする料理」など利用者として期待するイメージをお伝えしました。あとは、田村さんと増井さんにお任せ(笑)。素人があれこれ言うよりも、プロに考えていただいたほうがきっと良いものになると思ったからです。
私たちとしてはありがたいオファーですね。
メニュー自体は、私たちがこれまで展開してきたレシピをベースに、天神のオフィスワーカーたちに合うよう検討を重ねて調整していきました。
私たち西鉄はリングラッツェさんとは初めての事業で、メニューを検討する段階でもまだ数回しか会っていない状態でした。そんな段階でも選択を全面的にゆだねられたのは、お店で食事をしたときに心から「おいしい」「また食べたい」と思ったから。料理の力って、本当にすごいですよね。こんなパートナーさんに巡り合えるなんて、まさに奇跡の出会いだと思います。
営業時間についても、いろいろと議論を重ねましたよね。
20時までにしたのは、ワーカーが翌日のパフォーマンスに影響しないライトなコミュニケーションができる場になればいいなとの思いからです。
もっと話が弾めば、その後の時間は天神のまちにある飲食店に足を運んで楽しんでもらうなど。ワンビルも地域のお店も両方知ってもらうことこそが、福岡のまちづくりにつながると考えています。
同じ価値観を共有しながら、現代の福岡のまちに求められる場づくりを進めている西鉄とリングラッツェ。そもそも、地域のレストランだったリングラッツェが食堂事業を始めたきっかけは何だったのか?田村さんに尋ねてみた。
はじめに、ぼくが料理を始めたきっかけからお話ししますね。ぼくは昔からものづくりが好きでした。初めて作った本格的なイタリアンは大学生の頃。当時付き合っていた彼女のために、お手製のクリスマス・ディナーコースを作ったんです。単に、外食するお金がなかっただけで、だからレシピ本も買えずに立ち読み。必死で内容を覚えました(笑)。
料理の道に進んだのはいつですか?
小さいころからちょくちょく自分で料理はしていたのですが、他にもDIYや工作も好きで、大学時代は東京に出て建築を専攻しました。卒業後は設計の道へ。しかし、料理人になる選択肢も諦めきれず、20代後半で東京にあるイタリアンの名店に入りました。
特にイタリアの地方料理に興味があったのですが、当時はそんな環境はなかなかなくて。いろいろ考えた結果「自分でお店をやるしかない」と思い、福岡に帰ってきて2008年にリングラッツェを開きました。
食堂事業を始めたきっかけは?
その後、子どもが生まれ、ぼくがおやつなどを手づくりしていたことから食育への関心が深まっていきました。縁あって筑紫女学園大学の食堂・カフェ事業を受託することになったのが2017年。その後、同中学・高校の学食と久留米市役所の食堂事業も運営受託しました。
長くなりましたが、ぼくがしているのは昔から変わらず「ものづくり」。料理もその表現方法のひとつですが、イタリアの「スローフード」に触れて「体が喜ぶ味で満たされれば、人生もきっと豊かになる」と考えるようになりました。イタリア料理は、もはや自分のライフスタイルそのものですね。
そうはいっても、市街地のイタリアンが食堂事業を手掛けるなんてなかなか聞かないケース。ましてや、そのチャレンジが規模の大きな学校施設ならなおさらでは……?
そのうえ、リングラッツェと同じように、提供するメニューはできるだけ手づくり。食堂事業では一般的に、コスト面から多くの部分を既製品に頼らざるを得ないが、リングラッツェはそうは考えない。
自分たちでつくるのが何より安心・安全だし、コストカットにもつながります。大変だけど、本質的にはいいことばっかりだと思うよ。だから、うちの厨房では何でもだいたいまずは切るところから(笑)。パートのスタッフさんたちがブロック肉をカットしてたり、だしをとってたりするんです。
あまりにいろんな調理工程をお願いするから、スタッフさんから「ここは料理教室みたいですね」って言われたこともありますね。食堂の厨房でメニューの作り方を覚えて、家でアレンジして作ってくれたりして。それでみんな作るのに慣れていくから、学食の料理はどんどんおいしくなっていってると思うよ(笑)。
西鉄から食堂事業の話を受けたとき、率直にどう思いましたか?
本当に驚きました。ぼくは久留米出身で、実家は甘木線の沿線。高校時代は通学で毎日西鉄電車に揺られていたので、その頃を考えると信じられませんでしたね。
時期としては、食堂事業のノウハウがたまってきて、大学や男子校などさらに新たな現場に挑戦したいと考えていた頃でした。レストランと食堂事業は、同じ飲食でもまったく違う世界ですが、レストランではできないチャレンジが食堂ではできて料理人としてもおもしろい。特に学校での食堂事業は、育ち盛りの子どもたちの健康をつくる大切な存在です。
だからこそ、本当に体にいいものを届けたいし、良い食文化に触れてもらいたい。そのために、大手が真似できないこと、やれないことをやるのがぼくたちの使命だと思っています。
一見、非効率に見えるかもしれませんが、自分たちの手でつくったものを口に入れるのがいちばんいいに決まってる。このスタンスが今はスタンダードではないかもしれませんが、5年、10年後の未来に当たり前になって、うちのやり方を真似する大手が出てきたら、役目を果たせたと言えるんじゃないかな。
こうしたリングラッツェさんの人づくりのスタンスも、私たちが協業したいと思った理由のひとつです。西鉄が手掛けるまちづくりでも、地域やコミュニティをつくり、つないでいくのはやはり「人」。リングラッツェさんとなら、私たちの描く「創造交差点」のシンボルとなる未来の食堂をいっしょにつくれるのではと確信しました。
2025年春の開業に向けて、店づくりは大詰めの段階へ。メニュー企画や食器選び、スタッフ採用などの準備が進んでいる。
ワンビルの食堂は、ぼくたちのレストラン事業と食堂事業のノウハウが詰まった集大成。最初に味わってほしいのは「定食」ですね。ごはんの粒ひとつ、お味噌汁の最後の一滴までおいしく味わってもらえるよう、その殆どを出汁から手作りし、ていねいに仕込んでいます。
また、地産地消や旬産旬消はもちろんのこと、さまざまな理由で市場に出荷できないなどの「もったいない」食材も積極的に活用していく予定です。地元の飲食店とコラボしたアペリティーボメニューも企画しています。
理想の食堂って人によっていろいろあると思いますが、ぼくにとって最高の誉め言葉は「みそ汁がおいしい」。とびきりおいしいのも好きなのですが、食べ終わって小さく「はぁ~おいしかった」と漏らしてしまうくらいの日常食でありたいと思っています。
リングラッツェを作ったときに思い描いていたのは、「50年後も100年後も、変わらずこのまちに佇む風景になる」ということでした。ワンビルの食堂も、天神のまちの風景になれたら最高ですね。
11時から20時までの営業で、クローズタイムなしにしたのは大きな特徴のひとつです。15時からの「アペリティーボ」は、昔からイタリアにある慣習のひとつで、集まった人たちが気軽に会話したりお酒を飲んだりして交流する伝統的なカルチャー。ワンビルの食堂でも、いろんな人が交差しながら交流する場をつくれたら嬉しいです。
天神で働く人たちのビジネス&ライフパフォーマンスを高め、食と交流の面からあらゆる人の「創造」をサポートするのが私たちの役割だと考えています。今までにない「食堂」ができる予感がしていて、私たち自身も楽しみにしています。
オープン後は、西鉄沿線の自治体とも連携して、地域の食材の仕入れや天神らしい新たなモノ・コトとの出会い・発見を楽しむイベントなど、さまざまな仕掛けをできたら。社内のメンバーも一般のお客さまも、気軽に立ち寄れる場所になってほしいですね。
「天神福食堂」のオープンは2025年4月24日。メニューの詳細や店内の様子は、エヌカケルでもまた追ってレポートします!
株式会社リングラッツェ 代表取締役
2008年に「リングラッツェ」(福岡市中央区平尾)をオープン。筑紫女学園大学の食堂やカフェ、同中・高の食堂、久留米市役所などで食堂事業を展開する。
株式会社リングラッツェ
大学卒業後、飲食店勤務を経て2014年株式会社リングラッツェへ入社。現在は食堂事業のマネージャーを担う。
西日本鉄道株式会社
天神開発本部 福ビル街区開発部 課長
1999年、西日本鉄道株式会社へ入社。商業施設の開発や運営、広報等に従事。2022年より現部署に着任し、本事業を担当。
西日本鉄道株式会社
天神開発本部 福ビル街区開発部 係長
1998年、西日本鉄道株式会社へ入社。バスガイドを経て、広報課、新規事業開発、ICカード(nimoca)事業に従事。2023年より本事業を担当。